碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
見たり、読んだり、書いたり、時々考えてみたり・・・

【旧書回想】  2021年4月後期の書評から 

2023年01月28日 | 書評した本たち

 

 

【旧書回想】

「週刊新潮」に寄稿した

20214月後期の書評から

 

 

軍土門隼夫『衝撃の彼方 ディープインパクト』

三賢社 1650円

著者はベテランの競馬ライター。月刊誌『優駿』好評連載の単行本化だ。2002年3月、北海道のノーザンファームで鹿毛の牡馬が生まれた。後に最強・最速の競走馬となる、ディープインパクトだ。04年末にデビューし、競馬の歴史を塗り替える活躍を見せる。その強さの秘密は何だったのか。父はサンデーサイレンスだが、血統だけでは王者になれない。馬と人とが織りなす運命の物語がそこにある。(2021.03.25発行)

 

湊かなえ『ドキュメント』

角川書店 1650円

高校放送部が舞台の小説『ブロードキャスト』の続編。主人公の町田圭祐は、コンテストに向けて仲間たちとドキュメンタリー作りに取り組む。取材対象は陸上部だ。ドローンが導入されたこともあり撮影は順調に進んでいく。ところが映像を確認すると、陸上部に所属する同級生が煙草を手にする姿が映っていた。これは一体何を意味するのか。伝えることの醍醐味と怖さが一挙に押し寄せてくる。(2021.03.25発行)

 

太田英昭『フジテレビプロデューサー血風録~楽しいだけでもテレビじゃない』

幻冬舎 1430円

フジテレビが「楽しくなければテレビじゃない」を標榜していた1980年代。著者は情報系番組の新機軸として『なんてったって好奇心』を立ち上げる。その後も『ニュースバスターズ』『ザ・ノンフィクション』、さらに『とくダネ!』も手掛けた。本書は自称「センチメンタル・ジャーニー」な回想記だ。安請け合いを自覚しながら、常に攻めの番組作りを貫いた男が語る、テレビ屋が輝いていた時代。(2021.04.05発行)

 

倉本聰『古木巡礼』

文藝春秋 2145円

本書は不思議な「聞き書き」だ。何しろ語るのが樹齢何百年の古木なのだから。京都弁で幕末から平成までの日本を回想する、建仁寺の松。原爆を生き延びた、長崎のクスノキ。処理できない猛毒のゴミを嘆く、福島の桜。長い歳月の中で遭遇した数々の出来事、そして現在の思いが明かされる。底流にあるのは人間の所業に対する怒りだ。それは古木たちの話に耳を傾けた、著者自身の怒りでもある。(2021.04.15発行)

 

ヤマザキマリ『ヤマザキマリ対談集―ディアロゴスDialogos』

集英社 1650円

豊富な海外経験と幅広い知見が生きる、初の対談集だ。軸となるテーマは「運動」。竹内まりやは「女の人生はまるでトライアスロン」と語り、養老孟司は農業や家事のように「生きるために動く」のが人間本来の姿だと言う。また2年前に亡くなった兼高かおるの「見るだけが旅じゃない、五感で感じること」という言葉も貴重だ。他に内田樹、釈宗徹、中野信子、平田オリザなど刺激的な対話者が並ぶ。(2021.03.31発行)

 

神永 暁『辞書編集者が選ぶ美しい日本語101~文学作品から知る一〇〇年残したいことば』

時事通信社 1760円

著者は37年のキャリアを持つ辞書編集者。そんな言葉のプロが選んだ「美しい日本語」で、最も多いのは感情表現だ。夏目漱石『硝子戸の中』に出てくる「ゆかしい」。梶井基次郎が『冬の日』で3回も使った「切ない」。自然描写では田山花袋『田舎教師』の「濡れそぼつ」や堀辰雄『大和路・信濃路』の「木洩れ日」また人間関係の描写では森鴎外『雁』の「さようなら」のひと言も印象に残る。(2021.03.31発行)

 

保阪正康『石橋湛山の65日』

東洋経済新報社 1980円

石橋内閣の成立は昭和31年(1956)12月。だが約2ヵ月後に脳梗塞で倒れた。65日は内閣総理大臣としての在任期間だ。記録的な短さだが、著者は石橋を「信念を貫こうとする強い意思」を持つ人物として高く評価する。大日本主義を否定する小日本主義、反ファシズムの平和主義、共同体的感情を超えた論理主義などを信条とした石橋。政治不信の今、「保守とは何か」を問い直すには格好の評伝だ。(2021.04.08発行)