碓井広義ブログ

<メディア文化評論家の時評的日録> 
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【新刊書評】2022年9月後期の書評から

2023年01月10日 | 書評した本たち

 

 

【新刊書評2022】

週刊新潮に寄稿した

2022年9月後期の書評から

 

 

山田邦紀、坂本俊夫『「昭和鹿鳴館」と占領下の日本~ジャパン・ハンドラーの源流』

現代書館 2640円

敗戦直後の東京・築地。その焼け野原に出現したのが、昭和鹿鳴館と呼ばれた「大安クラブ」だ。多くのGHQ高官がここで特別な接待を受けた。開設したのは、電話線工事会社を経営する安藤明だ。マッカーサーの厚木基地への無血進駐に貢献し、その後は「天皇制護持」のために私財を投じて奔走した伝説の男。本書は安藤と大安クラブを軸に描かれる戦後裏面史だ。不都合な“真実”がここにある。(2022.08.20発行)

 

徳本栄一郎『田中清玄~二十世紀を駆け抜けた快男児』

文藝春秋 2970円

本の帯に「右も左もあるものか!」の惹句が躍る。言い得て妙だ。田中清玄は戦前、共産党の中央委員長だった。逮捕されて転向し、戦後は右翼の黒幕となる。その一方で60年安保当時の全学連を応援したのも事実だ。また高度成長期には石油利権をめぐる動きで国際的フィクサーと呼ばれた。本書は“矛盾の塊”のまま生きた男の深層に迫る本格評伝だ。近い過去に、こんな日本人がいたことに驚く。(2022.08.30発行)

 

矢部明洋『平成ロードショー~全身マヒとなった記者の映画評1999~2014』

忘羊社 1980円

著者は元毎日新聞記者だ。本書に収められた映画評は2014年まで。この年、著者は脳梗塞を起こしたのだ。文章の並びは時系列ではない。「愛って何?」「名匠の薫り」「快演、怪演」といった独自の括りで構成されていて飽きさせない。また作品紹介に入る前の雑談が実に楽しい。たとえば、『リプリー』では淀川長治とのエピソードが語られる。過去の作品や当時の社会とのリンクも著者ならではだ。(2022.09.01発行)

 

小倉孝保『踊る菩薩~ストリッパー・一条さゆりとその時代』

講談社 2200円

一条さゆりは1960年代に絶大な人気を誇ったストリッパーだ。ロウソクショーと「特出し」。公然わいせつ容疑で逮捕。反権力の象徴。裁判と実刑判決。引退したのは日活ロマンポルノ『一条さゆり 濡れた欲情』が公開された72年だ。その後はドヤ街の家賃1日8百円の簡易宿泊所で暮らしたこともある。毎日新聞論説委員による本書は、時代に翻弄され続けた女性の業(ごう)に迫る本格評伝だ。(2022.08.30発行)

 

向井透史『早稲田古本劇場』

本の雑誌社 2200円

著者は早稲田にある「古書現世」の二代目店主。2010年8月から21年12月まで約10年間の日記&エッセイ風記録が本書だ。特に客にまつわるエピソードが群を抜いている。本の汚れを「古本じゃあるまいし!」と怒る客。「妻に領収書の価格が適正だと伝えて欲しい」と携帯電話を手渡してくる客。立ち読みしながら「オナラしていいですか」と訊く客もいる。帳場から眺め続けた“人間劇場”だ。(2022.09.05発行)

 

谷内こうた:著、ちひろ美術館:監修

谷内こうた 風のゆくえ』

平凡社 2420円

画家の谷内こうたが亡くなったのは2019年。71歳だった。「週刊新潮」の表紙絵で知られる谷内六郎は叔父にあたる。後にこうた自身も担当することになった。本書には、国際的な賞を受けた絵本『なつのあさ』の原画をはじめ、雑誌の表紙絵、初公開の油彩画、さらに晩年のタブロー(キャンバス画)までが収められている。風景も人物も遠い記憶のように懐かしく、その静けさと共に見る者を癒す。(2022.09.07発行)