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【新刊書評2023】
週刊新潮に寄稿した
2023年8月前期の書評から
戸谷由麻、デイヴィッド・コーエン
『実証研究 東京裁判~被告の責任はいかに問われたか』
筑摩選書 1870円
東京裁判の判決から75年。新たな視点で書かれた概説書だ。パル判事などの個別反対意見は知られているが、本来の東京判決である多数派は軽視されてきたと著者。戦争期の日本政府の組織や運営、アジア太平洋戦争の終結形態などを踏まえ、「平和に対する犯罪」や「戦争犯罪」に対する、多数派判事たちの「解決」を検証していく。東京裁判の責任論は現在の国際刑事法廷にも影響を与えているのだ。(2023.06.15発行)
福田和也『放蕩の果て~自叙伝的批評集』
草思社 2750円
かつて「ひと月百冊読み、三百枚書く」と豪語していた著者。今、病のためか「言葉はどこからもやって来ず、私は言葉を探し、追いかけている」と告白する。本書には最近10年の間に書かれた自叙伝的要素の強い文章が収められている。中でも味わいがあるのが江藤淳をめぐる回想だ。情感を排して的確に対象を捉え、「皮肉で刺すのが批評」と説いた江藤。本書は恩師への優れた回答になっている。(2023.07.05発行)
西牟田 靖
『誰も国境を知らない
~揺れ動いた「日本のかたち」をたどる旅』
清談社 2200円
国境に位置する日本の島々を訪ね歩いたルポルタージュだ。ロシアのインフラ開発と旧島民の揺れる思いが交錯する北方領土。韓国の上陸ツアーと「操業できない海」としての竹島。韓国人観光客の存在が問われる対馬。漁師たちが中国の侵略を実感する尖閣諸島。そして「台湾有事で攻撃される島」であり続ける与邦国島。共通するのは、「国境」について知らないままではいられない緊迫感だ。(2023.07.20発行)
吉岡桂子
『鉄道と愛国~中国・アジア3万キロを列車で旅して考えた』
岩波書店 2860円
新幹線の誕生から約60年。著者は新幹線の輸出事業を長年取材してきたジャーナリストだ。1990年代から始まった中国へのアプローチ。その中国が見せた驚異的な早さの自主開発。熾烈な日中高速鉄道輸出競争の歴史が明かされる。さらに本書では商戦の現場となっているアジア諸国や東欧などの鉄道に乗り、相手国における高速鉄道のあり方を探っていく。見えてくる「日本の自画像」も興味深い。(2023.07.13発行)
西川清史『泥酔文士』
講談社 1870円
泥酔をめぐる文章の傑作は、文士が自分のことではなく「他人の泥酔状態を辛辣に記したもの」だと元編集者の著者。壇一雄によれば、浅草界隈で痛飲した坂口安吾は、劇場の二階から階下の観客席に飛び降りた。酔えば、ひたすら他人にからんだのは中原中也。水道橋駅の線路に転落するが、酒瓶を手放さなかったのは小林秀雄だ。昭和の泥酔文士は「ほのぼの系」から「超弩級」まで実に多彩だ。(2023.07.25発行)
柳川 一『三人書房』
東京創元社 1870円
鳥羽から上京した平井太郎、後の江戸川乱歩は2人の弟と「三人書房」という古書店を始める。その店名と同じ表題作は第18回ミステリーズ!新人賞受賞作だ。語り手は古書店の二階に住む、探偵小説好きの青年。店に持ち込まれた女優・松井須磨子の“幻の遺書”をきっかけに、乱歩兄弟との推理合戦が始まる。本書は乱歩の弟たちや高村光太郎など、語り手を代えながら謎解きが展開される連作集だ。(2023.07.28発行)