日本橋で見つけた、ダイキャスト・ミニチュア(えんぴつ削り)
【新刊書評2023】
週刊新潮に寄稿した
2023年6月前期の書評から
田中伸尚
『死刑すべからく廃すべし~114人の死刑囚の記録を残した明治の教誨師・田中一雄』
平凡社 2860円
教誨師とは服役中の囚人に過ちを悔い改めさせ、徳性を養う道を説く人だ。宗教関係者が多い。明治時代の教誨師・田中一雄は約200人もの死刑囚と向き合った。本書は彼が遺した手記を手がかりに、田中という人物の軌跡と思想を探り、死刑制度を再検証するノンフィクションだ。国家による死刑を是としなかった田中。制度の存否が議論されつつある現在、彼の葛藤と肉声には注目すべき価値がある。(2023.04.19発行)
清水美穂子『月の本棚 under the new moon』
書肆梓 2420円
著者はパンに関するジャーナリスト。本書は読書エッセイ集だが、食べ物についての本を取り上げているわけではない。並ぶのは著者が2018年~22年に読んだ多彩な本だ。人生は奇跡の連続だと思わせてくれる、ポール・オースター『冬の日誌』。「わたしはわたしの言葉だけに属している」と言う、ジュンパ・ラヒリ『べつの言葉で』。どの本も読む者の心の水盤に映った、揺れる月のようだ。(2023.04.20発行)
齊藤倫雄&NHK取材班
『激走!日本アルプス大縦断~TJAR2022 挑戦は連鎖する』
集英社 2090円
「トランスジャパンアルプスレース(TJAR)」は列島縦断の山岳耐久レースだ。行程は日本海側の富山県魚津市から太平洋側の静岡県静岡市までの約415㎞。北、中央、南という3つのアルプスを5~7日間で走破する。本書は昨年の大会を密着取材した、NHK・BS1の同名番組の書籍化だ。選手たちの思い、過酷な修行にも似た昼と夜、さらに極限の道を行く彼らの息づかいまでが伝わってくる。(2023.04.30発行)
白井聡、高橋毅
『ニッポンの正体~漂流を続ける日本の未来を考える』
河出書房新社 1980円
著者が出演しているユーチューブのニュース解説番組「デモクラシータイムス」。昨年2月から9月までの内容が書籍化された。日本政府が「朝鮮戦争終結」の動きに賛同しないのはなぜか。北朝鮮による「日本人拉致問題」の本質。安部元首相の「核共有議論」の意味。「非核三原則」と「米国の核の傘の下」という矛盾した国是。誰もが違和感を持ちながら流されている現実に楔を打ち込んでいく。(2023.04.30発行)
伊藤裕作:編著『寺山修司 母の歌、斧の歌、そして父の歌』
人間社 1980円
今年は寺山修司の没後40年にあたる。「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」。遺された歌は今も光彩を放っている。本書は風俗ライターで歌人の伊藤を含む6人が、あらためて寺山の歌を読み解こうとする試みだ。たとえば10首に登場する「斧」を、「父を斥(しりぞ)ける」道具と解釈する。さらに母の歌50首、父の歌38首。寺山と肉親との関係や確執が垣間見えてくる。(2023.05.04発行)
デビッド・ロス:著、大島聡子:訳
『絶対に停まらない世界の廃墟駅』
日経ナショナル ジオグラフィック 2310円
世界各地の「宮殿廃墟」や「廃墟島」などを取材した廃墟シリーズの最新刊だ。ロシアから南アフリカまでの129駅。群馬・碓氷峠の熊ノ平駅もその一つだ。海に面した高級ホテルのような米国のジャージーシティ・ターミナル。オリエント急行も到着していたが、内戦で破壊されたレバノンの旧トリポリ駅。廃墟駅を包んでいるのは憂愁だけではない。人々の記憶や温もりと共に刻まれた歴史がある。(2023.05.08発行)