かったかくんのホームページ

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野球の思い出

2014年08月30日 | Weblog
久しぶりお会いができる懐かしさ
    あの頃のままの優しいまなざし


 

一昨日から、全国高校軟式野球大会の準決勝が行われてます。中京高校対崇徳高校の一戦です。3日間も準決勝?最大でも延長18回で再試合という決まりがあります。


一昨日は、15回を終わって0対0。ここで、再試合です。昨日は、延長16回から30回までの戦い。どちらかが入れれば終わりなのですが、それでも点が入らず、30回を終わっても0対0。今日は、31回からの戦い。45回を終わっても0対0。


9時間18分の戦いとなっています。最大で54回の戦い。54回が終わっても勝負が決しないときは、抽選。抽選?54回もして、あとは、抽選?
 


それなら早めに判定戦でもしてあげれば、納得すると思うけれど、54回もして「くじ」となり、負けた方も悔やみきれないのではと外野席からの意見。



準決勝ということは、決勝戦があるということ。それもまた明日。ダブルヘッダーです。
 


ピッチャーもここまで一人で投げています。激戦と過酷な戦いとなっています。
 


話は、変わりますが、教員になってからすぐに教員の野球チームに入りました。今日の昼間は、大学の同窓会の中津支部の総会・講演会と懇親会が行われました。役員になっているので、参加しました。


参加者は退職された先生方が多くいました。


今日出席されていた方の中で、当時の野球チームの先輩がいました。すでに喜寿を超えています。その年代で作られているチームでまだピッチャーをしているそうです。すごい。



「あんたが、やめてからチームに入れてやるよ。それまでまだ死なんきな。」
姿自体が溌剌としています。とても優しい先生でした。
 


その先生とチームが同じだった時に、わが子が生まれました。早朝野球大会があった時のことです。大学を出たばかりで、まだまだエネルギーがあり余っていました。ピッチャーをしていました。市の大会であれよ、あれよという間に準決勝に。準決勝の日の朝に、連れ合いに陣痛が。


電話をかけると、


「困ったなあ。どげか試合に出れんか。ピッチャーがおらんごとなる。」


病院の先生に聞くと、「まだ何時間か大丈夫でしょう。」



病院から、急いで、球場に。見事、勝利。
「あんたがヒット打ったから、赤ちゃんができたら、名前は、「安打」。」「球男。」・・・。勝手なことを言っていますが、急いで、病院に戻りました。

なんと、元気な赤ちゃんが生まれていました。
 


もう、その先輩の方々は、退職されている人が多くいます。今日お会いした先輩に、 
「先生、そんなことありましたね。」
と言うと、「そうやったかなあ。そんなことあったなあ。」
 


今日の同窓会には、採用された当時の退職されている先輩の先生がたくさん来ていました。いろいろ話をしながら、教壇に初めて立った頃のことを懐かしく思い出すことができました。