『エイトフォーふと目を閉じて思い出す
あの日あの時素敵なドラマ』
また8月4日、「エイトフォー」の時がやってきました。
もう来なくていいと思いながらも、365日後には、また訪れます。
その間隔が年々、とても短くなっているような気
がします。
生まれたときは、家の2階でという時代でした。冷房もなく、母も出産が大変だったと思います。
両親に感謝です。
暑い、とにかく暑い。
しかし、夜も10時過ぎになると、自然の風が気持ちよく感じます。
一日の中でも気温差があります。
今日も、平和を願う日の授業の計画、運動会の役割のところの計画などすることを書き出して、一つひとつをつぶしていきました。
8月6日は、「海をわたった折り鶴」という内容の学習をします。
かつて、本耶馬渓の小学校に勤務しているときは、広島・山口への修学旅行でした。
中学校では、広島経由の関西への修学旅行。広島の平和公園に行きました。
「原爆の子の像」の前で平和集会をしながら、全校の子どもたちで折った折り鶴を捧げました。
千羽鶴が平和の象徴になったのは、「海を渡った折り鶴」の主人公である「佐々木禎子さん」が由来となっています。
禎子さんは被爆をし、白血病を患います。
「鶴を千羽折ると願いが叶う」
という言い伝えがあることから、回復を願い、薬の包み紙などを利用して1300羽以上の鶴を折り続けました。
しかし、8ヶ月の闘病生活の後になくなりました。
享年12歳でした。
その後、多くの募金が寄せられて、
「原爆の子の像」
が作られ、折り鶴は平和のシンボルになっています。
子どもたちの夏休みも前半戦が終わろうとしています。
あっという間に月日が経っていきます。
佐々木禎子さんのことを描いた「INORI」という歌があります。
作曲は、禎子さんの甥の佐々木祐滋さんです。
「折り鶴を一羽折るたびなみだがこみあげてきました
だけど千羽に届けば 暖かい家にまだ戻れる
願いは必ずかなうと信じて折り続けました
だけど涙が止まらない
近づく別れを肌で感じていました
・・・・・・・・・・・
めぐり めぐり 行く季節をこえて 今でも今でも
祈ってる
二度と二度と辛い思いは 誰にもして欲しくない
誰にもして欲しくはない」
そんな願いが叶いますように。
8月6日、子どもたちが登校してきます。