内的自己対話-川の畔のささめごと

日々考えていることをフランスから発信しています。自分の研究生活に関わる話題が多いですが、時に日常生活雑記も含まれます。

「演奏」としての個体化 ― ジルベール・シモンドンを読む(89)

2016-06-07 17:14:07 | 哲学

 昨日の続きで、同じ段落の最後まで読んでしまおう。個体とは何かという問いに答えている箇所である。原文を引用した後、その一文一文を少し言い換えるか、若干のコメントを加えるかすることによって、原文の理解を図る。

Il emmagasine, transforme, réactualise et exerce le schème qui l’a constitué ; il le propage en s’individuant. L’individu est le résultat d’une formation ; il est résumé exhaustif et peut redonner un ensemble vaste ; l’existence de l’individu est cette opération de transfert amplifiant. Pour cette raison, l'individu est toujours en relation double et amphibologique avec ce qui le précède et ce qui le suit. L’accroissement est la plus simple et la plus fondamentale de ces opérations de transfert qui établissent l’individualité. L’individu condense de l’information, la transporte, puis module un nouveau milieu (191).


 「個体は、己自身を構成した図式を蓄積・改変・更新して実行する。」この文脈では、生物レベルの個体化が問題であるのだから、自己設計のための情報の総体である遺伝情報とそれに基づく個体発生に対してこの定式が適用されていると読める。しかし、シモンドンは、生物の個体化モデルを一般化することで一般個体化理論を構築しているのではなく、むしろ後者の中に生物レベルの個体化をその特性とともに位置づけようとしていると読むべきだろう。
 「個体は、自ら個体化することによって、その図式を伝播させる。」個体は、個体形成に必要な情報にしたがって自己設計することによって、その情報の総体を伝達・拡散させる。
 「個体は、ひとつの形成の結果である。」個体がそこに在るということは、形成が実行された結果がそこに在るということである。
 「個体は、網羅的な要約であり、一つの広大な全体を改めて与えうる。」個体発生は、単に同じ種に属する別の一個の個体の再生産に尽きるのではなく、その発生が実行される環境との関係に応じて、その個体自身をその内に含んだ、より大きな新しい全体性を生成する可能性をもっている。
「個体があるということは、このような増幅的転移が実行されているということである。」個体化は、同じ場所で繰り返されるだけではなく、個体化によって生成された個体自身が移動ししつつ、個体化を他の場所に増幅していく。
 「それゆえ、個体は、常に己に先立つものと己に続くものとに対して二重の両義的関係をもっている。」個体は、過去の情報の単なる再生産ではなく、自己を形成している情報を次世代にそのまま伝達するだけでもない。過去の情報なしには再生産は不可能だが、各個体の生成には、常に過去に対して新たなものが生まれる可能性が含まれている。ある個体が次世代に伝達するのは、主に自己を形成している情報だが、その情報は、環境に応じて、新しい性質・特性をもった個体の生成をもたらしうる。
 「個体性を確立する転移の諸操作のうち最も単純で最も基礎的なもの、それは成長である。」シモンドンの個体化理論が、完成されてもはや変化のない、或いはいかなる変化も被ることのない実体を基礎モデルとしてではなく、動的な個体化過程を基礎モデルにして構築されていることがここにもよく表れている。
 「個体は、情報を凝縮し、それを移送し、そして新しい環境を調える。」個体は、自己形成情報を転送可能な形で凝縮しており、それが別の場所で「解凍」され、そこに新たな個体が生成される。そのとき、情報の総体が個体自身によっていわば「楽譜」のように用いられることで個体が形成される。このように個体形成の場所で個体自身によって新しい「演奏」が実行され、その演奏が共鳴する空間に一定の調性が与えられるとき、その空間全体が一つの新たな環境を形成する。