昨日25日は、雨がそぼ降る中、緑豊かな美しいキャンパスの木々にひっそりと囲まれた南山大学宗教文化研究所での和辻哲郎ワークショップ初日に、朝から会後のイタリア料理レストランでの懇親会まで、参加してきた。発表者は初日・二日目をあわせて十五名だが、その数を上回る聴き手が各地から集まり、会場の椅子がたりなくなるくらい、盛会であった。議論も活発、大変刺激的であった。
私自身の発表は今日26日これからで、昨日は他の参加者の発表を聞いていた。大半の発表は英語、議論も全体としては英語が主たる言語ではあったが、英語が苦手な私は、それでも、日本語で二回質問した。それは発表者さらには聴衆を挑発するという意図を確信犯的にもった介入であり、その目的は達成できたかと思う。つまり、和辻研究の篤実な研究者たちに不快な思いをさせ、和辻倫理学を愛する若き俊秀の静かな怒りを買うことには成功した、と思う。
一言で言えば、向こう見ずにも、和辻倫理学城の外から、大音声で、御大将に向かって、「城から出てこい、いざ勝負」と呼ばわったということである。
今日の自分の発表では、一転して、和辻の哲学的処女作『ニーチェ研究』から『倫理学』までを一つの発展過程として見るという視角に立って、その発展の一齣に焦点を合わせる。言い換えれば、和辻倫理学城が出来る前の戦場に、お城を建設するための最初の隅の親石の少なくともその一つが置かれたであろう場所をクローズアップし、それがどのようにして置かれたのかを問題とする。
では、いってきます。