国語屋稼業の戯言

国語の記事、多数あり。国語屋を営むこと三〇余年。趣味記事(手品)多し。

『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』を読んで。

2023-07-17 17:54:31 | Books

●幼いころ、亡くなった父(音大声楽科卒)が「ヒトラーのやったことで良かったのはアウトバーンを作ったこととアルファベットを整理しただけだ」と言っていたことは記憶に残っている。

●幼いころの記憶なので私の勘違い(彼のニュアンスがいまいち思い出せない)、記憶の間違いはありえるが、本書を読んだり、調べたりしたかぎり、彼の考えは間違いであった。

 しかし、ナチス乃至ヒトラーは「良いこと」もしたのかという言説は決して最近のことではなく、1970年代前半にはあった。戦後のテーマだったのかもしれない。

●現在において、非常に困難なのは「反知性主義者」たちの存在であろう。内田樹氏が「反知性主義者たちはしばしば恐ろしいほどにもの知りである。一つのトピックについて、手持ちの合切袋から、自説を基礎づけるデータやエビデンスや統計数値をいくらでも取り出すことができる。」としている人たちである。

●上記、反知性主義者は本書で言う「<事実><解釈><意見>」(6頁)の<解釈>の部分が飛んでいると考えると、彼らの主張の誤謬はわかりやすい。<解釈>については歴史研究の積み重ねに基づく「歴史的経緯」「歴史的文脈」「歴史的結果」(42頁)が中心になるということであろう。このあたり誤読していたら申し訳ない。言い訳をしておくと、私は知的活動をできる病状にないのだ。しかし、その私をもってして読む価値があった本が、この『検証 ナチスは「良いこと」もしたのか?』であったん棚。

●閑話休題。

●反知性主義者の影響は大きく、「俗なる」ナチス肯定論の基盤となっているだろう。

●人文系学問は歴史学を含め、軽んじられているのが現代社会だと思う。

●この本を読むと歴史学の威力がわかる。歴史学は「歴史的経緯」「歴史的文脈」「歴史的結果」という文脈を膨大な研究史の上に成立させており、そのうえで過去を判定する学問だと認識させる本なのだ。

●この本は、歴史学が俗にいう「ナチスは良いこともした」を否定する力を持っていることを徹底的に周知させた本であると言っていい。

●そして、この本なら反知性主義者の意見も変えるかもしれない。彼らなら岩波ブックレットレベルの分かりやすく叙述された本ならあっと言う間に読み終えるだろう。

●「歴史学」を前に、なおも、彼らは多弁なのだろうか。

 

 

●この書の読者として望ましいのは反知性主義者の手前の「俗」な人たちだろう。

●学者にとっては当たり前のことを「俗」に分からせるということの苦労はかなり大きい。学者もどきの予備校講師※も「俗」を克服するのは大変であった。まして、本物の学者は「俗」にいちいちかまっている親切さと時間は通常はない。

●「俗」に対する誠意ある対応が本書であり、その応用性は「ナチス」に限られたことではない。

 

●この本の読後に自らの知性がどう展開するかも楽しめる本である。

 

 

 

※予備校講師は「学者・医者・易者・役者・芸者」でなくてはいけないと業界では言われていた。

 

 


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