旅倶楽部「こま通信」日記

これまで3500日以上世界を旅してきた小松が、より実り多い旅の実現と豊かな日常の為に主催する旅行クラブです。

アムステルダムでアムラスホテル泊、ジン酒場からシーフードの夕食

2017-10-14 20:20:02 | オランダ

ホテルの内装デザイン↓

角に突き出したホテル入口から続く階段部分で振り返ったところ↓


アマラスホテルは、周辺でちょっと目を惹く建物である↓

建てられている場所は16世紀にコルネリス・デ・ハウトマンが国家の使命をおびて出航した場所。彼は、当時ポルトガルが独占していた香辛料貿易にオランダが参入するルートを開発した人物。オランダ黄金の世紀のはじまる時代だ。

20世紀初頭にもこの場所には東西インド会社の流れを引き継ぐ商社が本拠を持ち、アムラスホテルは当初そのオフィスとして使われていた。
外観、見るからにこの時代のアルーデコ↓

同じ時期にバルセロナではガウディも活躍していた。類似性、感じます。




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アムステルダムはおもしろい建物が多い

香港にある中華レストランそのままの船まである↓

ホテルから五百メートルには、東京駅のモデルになったと言われるアムステルダム中央駅↓

アムラスホテルにチェックインした後、街歩きにでた。

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プロテスタントの国オランダでは巨大な教会はたいていカトリック時代のもの。今は展示場として使われている場所も多い↓

ここではガンディー、キング牧師、マンデラ氏の展覧会をやっている↓


ジンを飲ませてくれる酒場へ立ち寄る↓

⇒こちらに古いジン酒場の話載せました


レンブラントやフェルメールやハルスの名画の扮装をさせてくれる写真屋さんもある↓


19世紀に建設されたネオクラシックな現マグナショッピングセンター↓

そのとなりにあるポール・ファン・クレーヴというホテル、以前から一階のパブがデルフト焼きの内装が美しいので訪れていた場所なのだが、それがかつてはハイネケンの工場だったのだとは知らなかった↓

ハイネケン社はジェラルド・エイドリアン・ハイネケン(英語的読み方ですが)氏が1863年に創業した。当時たくさんあったビール工房をどんどん併合していったそうである。ビールのもとになる水は当初は運河からのものだったそうだ。今では考えられませんが(^.^)

1870年には現在のホテルがオープン↓


アムステルダムの中心、王宮のあるダム広場↓いつも思うのだけれど、ここにこんな移動遊園地があるのはちとそぐわないのでは?↓


17世紀に建設された町並みは傾いている家も多い。それが当然↓ビルとビルの間の狭い扉


★夕食はシーフード・バーへ行こう 大人気の店は、予約していても席が確保されているか不安↓

いちばん早いタイミングで入ってもすでにほぼいっぱい

最初に定番のムール貝↓

牡蠣二種類とシーフードプレート↓


マテ貝を見て今年四月の北スペイン「地の果て灯台ホテル」で出たのを思い出した↓

さらにグリルの盛り合わせ↓これが、意外なほど(失礼)おいしかった。一人で全部たべられそうなほど(^.^)↓

このエビを見よ↓


会計と共に出してきたミントは「ウィルヘルミナ」と通称される、オランダの定番だそうだ。かつての女王陛下の名前である↓

オランダは食事は期待できない、なんて大嘘です(^.^)





コメント
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