シドニーオリンピック、女子マラソンをスポンサーした企業の招待客を引率した
早朝、ホテルを出発し、沿道に弾幕を張ってまちかまえた。
場所を探しているときに、どこかでみかけた小柄髭ズラのおじさんがすわっている
か、監督もこんなところにおられるのですね。
スタートはラジオで放送された。が、オーストラリアではマラソンの中継などしない。
日本人選手はどのぐらいの位置にいるのか?
ネットもSNSも発達していない時代、ついに携帯で日本に電話。
日本選手三人ともが先頭集団にいるとわかった。わくわく。
やがて…
「がんばれー!」と声をかけたら、あっ!という間に後ろ姿を見送った。
我々もすぐにスタジアムに移動してゴールに先回りしよう。
道路は規制されているので電車移動。
マラソンファンが集まる席へ急ぐ・・・と、あれ?
フィールドではのんびりした雰囲気で走り高跳びとかをやっている。
お客さんも「日曜のお昼前にのんびりしたいなぁ」という雰囲気。
ここにほんとにマラソンランナーたちが入ってくるの?とさえおもった。
フィールド種目の予選が行われている途中で時々、「女子マラソンがこちらへ向かっています」と、画面が切り替わる。
ほっ、やっぱりゴールはここでした(笑)
高橋尚子優勝のシーンは、どこでも検索すれば見ることができるからここでは書かない。
書いておきたいのはこの日最後から二番目(三番目?)のランナーについて↓
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高橋尚子が優勝のテープを切って一時間近く経ったがまだぽつりぽつりとランナーがもどってくる。
あと数人だろうか。
と、ポリネシア系?の選手がふらふらとスタジアムに入ってきた。
「もうゴールした」と思い込んだようでへたりこみ、
その場で神様に祈りをささげはじめた。
係員がおそるおそる近づいて
「もう一周ですよ」と声をかける。
はっとして立ち上がりトラックを走りはじめた。
オーストラリア人たちは大歓声をおくり、まるでウィニングランの様にゴールした。
この日いちばんの盛り上がりだった。
彼女は東チモールの選手だった。
当時はインドネシアが国家と認めていなかったのでIOCが「インディヴィジュアル・オリンピク・アスリート(個人的オリンピック競技者)」という名前で参加を可能にした選手の一人。
2020東京オリンピックでの「難民選手団」のような扱いである。
チモール島はオーストラリアの北岸から三百キロほどしか離れていない。
西半分がインドネシア領だが
東半分は旧宗主国がポルトガルなので言語も宗教もインドネシアとは違う。
オリンピック前年の1999年にインドネシアから独立を宣言し内戦が起きた。
首都のディリでは何百人も殺され、彼女も四人の子供たちと逃げた。
紛争に国連が介入し、
オーストラリア軍がはじめての国際貢献として派遣された。
そうだったのか。
オーストラリア人にとって彼女は
自分たちが助けた東チモールを象徴していたのだ。
翌日、オーストラリアの新聞は
優勝した高橋尚子の写真はあんまりよく撮れていない一枚だけ。
東チモールの選手には五枚使って、
「故郷を遠く離れ、ゴールまであと一周。私たちの心にも近づく」
と暖かい小見出しを書いた。
東チモールのAguida Fatima Amarals選手本人のコメント。
「歓声に包まれ夢の様だった。これは祖国にとって大きな瞬間だ。もちろん私個人にとっても」
*
「オリンピックを国威発揚の場にしてはならない」
「オリンピックに政治的な問題を持ちこまない」
そんな言葉をきくたびに
小松はあの東チモールの選手を思い出す。
あの時彼女はあくまで個人として全力を尽くしていた。
東チモールのために走ったわけではないけれど、
必死に完走したことで結果的に危機にある祖国のことを
少しでも世界に知ってもらうことができた。
それはオリンピックという場の力にちがいないが、
「政治利用」とは言えないと思う。
是非ではなく、
人は自分がかかわった誰かが勝てばうれしくなる。
自分自身がその勝利に何ひとつ貢献などしていなくても応援したくなる。
「人間」はその文字のとおり誰でもどこかに属して生き、
属する人種、民族、性別、あるいは国家などが危機にある時、
個人がそれぞれの立場で声をあげることは自然な権利ではないかしらん。
アスリートだけがその権利を否定されなくてはならないのはおかしくないか?
増長すればやっかいな愛国主義、民族主義、愛社精神、家族主義。
国家や宗教や、あるいは企業といったシステムがそれを利用しようと介入した時
個人は圧力をかけられ、何かを強いられることになる。
2000年のシドニーでの彼女は
純粋に自分自身のために全力を尽くしていたようにみえた。
★当日の様子を書いたブログをこちらからお読みいただけます文中で「イスラム教徒」と書いたけれど、Aguide Fatima Amaralという名前からするとキリスト教のカトリックのよう。ミドルネームの「ファティマ」はポルトガルの、20世紀に聖母マリアが出現した一大巡礼地。