熊本熊的日常

日常生活についての雑記

雨天結構

2008年11月08日 | Weblog
朝から小雨が降っていたが、晴天を待っていてはいつまでも出かけることができないので、今日はロンドンの西の外れにあるKewへ出かけてきた。Kewと言えば世界遺産にも指定されているKew Gardensの王立植物園が有名だ。しかし、今回Kewを訪れたのは明治時代に浮世絵に描かれたKewの鉄橋を見るためだ。

その浮世絵だが、どうしても作者を思い出すことができず、気分が悪い。縦長の図で、橋の袂から川中へ向かって鉄橋を見上げるような構図である。確か、夜景だとおもったが記憶が定かでない。ただ、このKewでテムズ川にかかる鉄道の鉄橋を描いたものであることに間違いない、と思う。

住処を出るときは止んでいた雨が、最寄のWestcombe Parkへ着いた途端に再び降り始めた。Cannon Street駅で地下鉄に乗り換えSouth Kensingtonで同じホームを発着する別の行き先の電車に乗り換えてKew Gardensまで行くのだが、これがなかなか来ない。住処を出たのが午前10時少し前で、Kew Gardens駅に着いたのが11時半を回っていた。

見たかった鉄橋は、その地下鉄が渡った、まさにその鉄橋である。駅を出た時は雨が降っていたが、鉄橋に着く頃には止んだ。以前にこのブログにも何度か書いているが、テムズ川に沿ってThemes Pathという遊歩道が整備されている。このあたりの川沿いも歩道が整備されていて、雨だというのにジョギングの人や犬を連れて散歩する人がひっきりなしに往来している。尤も、雨だからといって外出を控えていたら、ここでは外出することができなくなってしまう。

浮世絵に描かれていた鉄橋はまさにこの鉄橋だった。「地下鉄」と書いたが、ここを走っているのは地下鉄District LineのRichmond Branchという線とLondon Overgroundという郊外電車である。District LineはEarls Courtから西は地上を走行する。ロンドン中心部に比べると駅間の距離も長くなるので、ボロボロの車体を軋ませながら景気良く走るのだが、Turnham Greenを出て支線に入ると速度が落ちる。GunnersburyとRichmondの間をOvergroundと共用しているので、線路の切り替えや信号待ちなどがある所為だろう。鉄橋はGunnersburyとKew Gardensの間に架かっている。

ロンドンの地下鉄はどの線も第三軌道方式により集電しているので架線が無い。だから、見た目はその浮世絵が描かれた頃とあまり変わらない。鉄橋の架け替えがあったかもしれないが、印象としては、やはり当時のままのような気がする。鉄橋の袂に立った瞬間、「おぉ、これ、これ」と妙に嬉しい。このまま夜景も見てみようかと思ったが、また雨が降り出したので、取り敢えず川縁を上流のKew Bridgeへ向かう。

今度は雨脚が強いが、それも長くは続かず、Kew Bridgeに着くころには小降りになり、橋を渡って反対側へ渡る頃には止んだ。この橋は石で造られた道路橋でA307という通りが走っている。英国では自動車道にM、A、Bというアルファベットと数字が振られている。Mが付いている道路は高速道路。Aは主要幹線道でBが一般道だ。つまりKew Bridgeはかなり立派な橋だということが想像できるだろう。片側2車線ずつが走り、往来も激しい。3つのアーチで川を跨いでおり、その佇まいが美しい橋である。

日も射してきたので、このまま天気も落ちつくかと思い、橋を再び渡ってKew Gardensへ向かう。橋を渡って数分のところにKew GardensのMain Gateがある。実はMain Gateは小さな出入口だ。Kew Gardensには4つの出入口があり、一番大きなものはVictoria Gateである。この門の近くにカフェや売店のある建物があり、園内を巡る連結自動車もここを起点にしている。入園料は13ポンド。世界遺産に指定されている所為か「王立」とは思えない強気の値付けである。

園内に入った途端に雨が降り始めた。ここでも真っ先に見たかったのが、池に架かるSackler Crossingという橋である。これは英国の建築家John Pawsonの設計によるもので2006年5月17日から使用されている。それまで写真でしか見たことがなかったのだが、S字を描いて向こう岸に架かる姿は美しい。先月、RIBA (The Royal Institute of British Architects)から2008年のStephen Lawrence Prizeを受賞した。公園のなかの池にかかる橋を、これほど格好良くできるものかと感心する。写真で見た姿も勿論美しいのだが、写真ではわからない柵の作りが面白い。

ちょうどこの橋に辿り着いたところで雨脚が強くなり、傘をさしていても、それが殆ど役に立たない状況になってしまったので、橋の袂の大きな栗の木の下で、橋を眺めながら雨宿りをすることにした。天気が悪いのと入場料が高い所為だと思うのだが、園内は空いている。おまけに酷い雨である。30分ほど橋を眺めていたが、誰も通らない。ただ、時々、鴨が池からひょいと橋に上がり、歩いて横断してひょいと池に戻る。橋の下も、鴨がすーっと通る。まるで橋が池に溶け込んでいるかのようだ。ようやく雲に切れ目が見え、天気雨のような状態になると、人が通り始めた。人は勿論、橋の上を橋に沿って歩く。同じ橋の上を鴨が横方向に、人が縦方向に歩く。そこだけ動線で布が織られているようだ。また、天気雨というのがよい。木漏れ日が雨粒に反射して美しい。池とその周辺の木立を舞台にした光と雨のページェントだ。

ほどなく雨はあがり、時折陽がさすようになる。栗の木の下を出て、S字の橋を渡り、目指すのはTreetop Walkwayという橋だ。今日は橋ばかりである。これは木々の間を縫うように、地上18メートルの高さに造られたものである。鉄製の柱で支えられているのだが、木の上を渡り歩いているかのようである。足元は金属製のネットだが、所々へこんでいたり、留め金が外れている箇所がある。今日も何人か見かけたが、常軌を逸した肥満の人も登ってくる。事故があってはならないことだし、それ相応の保守点検は日常的に実施されてはいるのだろうが、不安を感じないわけでもない。

この植物園には1862年竣工の温室がある。竣工当時は世界最大のガラス建築だった。2階部分が回廊になっていて、高い位置から植物を観察することができるようになっている。この回廊はGlasshouse Walkwayと名付けられている。さきほどの Treetop Walkwayもそうだったが、上から木々を見下ろすというのは新鮮な風景である。

温室を出て、日本庭園を見る。海外の「日本庭園」と呼ばれるものには首を傾げたくなるものも少なくないのだが、ここは上手くまとめられている、と思う。テーマとなっているのは「禅の精神」なのだそうだ。少し小高くしたところに寺の門を配し、その下に枯山水、それらを囲むように通路が付けられて回遊式庭園になっている。寺の門だけがぽつんとあるのはどうなのかとも思うのだが、京都の西本願寺の勅使門を5分の4の大きさで再現したもので、細工や意匠は立派なものである。

日本庭園の近くには中国風のパゴダがある。高さ50メートルで、周辺の植栽とのバランスが良い。英国では18世紀半ばに東洋の物を配した庭園が流行したそうだ。どうりで風景が熟れている。

一旦Victoria Gate近くのカフェに寄り、ケーキとお茶を頂く。一服したところでMinka Houseを見に行く。これは日本民家再生リサイクル協会というNPOが2001年の英国における日本年に合わせて寄贈したものだ。1993年まで実際に使われていたものを移築したそうだ。古民家は骨組みが現在の木造住宅とは比べ物になら無いほど太くしっかりしている。雨が多い所為か2001年に竣工した割には屋根の傷みが酷いように見えた。

まだ4時前だが、もう辺りは夜の帳が下りようとしている。冬時間に入った10月26日から閉園時間は1時間45分繰り上がり午後4時15分である。入場した時と同じMain Gateから外に出て、来る時とは別の経路で帰宅する。Kew Bridge駅からSouthwestern RailでLondon Waterlooに出て、そこからSoutheasternでWestcombe Parkへ戻る。途中WaterlooのエキナカにあるMarks & Spencerで買い物をしたので、住処に戻ったのは午後6時少し前だった。