熊本熊的日常

日常生活についての雑記

応用問題

2008年12月16日 | Weblog
景気が急速に悪くなり、原油価格も下がり、ポンドも対主要通貨全てに対して下がったら、果たして消費者物価はどうなるのだろうか、という経済学の応用問題のような状況になっている。景気の悪化と多くの工業製品の原料でもありエネルギー源でもある原油の値下がりは、物価を押し下げる要因である。ポンド安は輸入物価を上昇させる。どちらの要因がより強く経済に作用するか、ということだ。

産業構造での英国と日本の違いは、製造業の割合が日本のほうが高く、金融業の割合が英国のほうが高いということだ。そして貿易収支は日本が輸出超過で英国は輸入超過である。ポンド安は、もし英国に輸出商品があれば、その価格競争力を高めることにつながり、製造業を中心に恩恵を受けることになるはずだ。

工業製品のなかで最も波及効果の大きな製品は自動車である。自動車は鋼板、鋳物、ゴム、各種電気製品、繊維製品、ガラス製品などから構成されており、しかもひとつひとつの部品が高精度で加工されていなければならない。一国の工業力の水準を端的に表す製品である。事実、国際競争力のある自動車メーカーがある国は世界のなかでも数えるほどしかない。

工業団地を造成するときも、自動車メーカーが進出する場合とそうでない場合とでは、団地の規模が段違いに異なる。自動車工場ができれば、それに付随して自動車部品工場が集積し、さらにそうした工場群の要請によって金型などの基盤産業も集積する。それら多様な産業による有形無形のネットワーク・インフラを利用すべく自動車の生産に直接関連しない電機や精密メーカーの工場までもがそうした工業団地に進出する。中国やインドが自国の自動車産業育成に熱心に取り組むのは、そうした波及効果の大きさを産業政策の上で重要視しているからに他ならない。

英国には自動車メーカーがない。昔はあったが、今はもうない。スポーツカーなど趣味的に使われる車のメーカーは健在だが、大衆車のメーカーも高級車のメーカーも悉く海外資本の傘下に下ってしまった。英国を代表するブランドであるロールスロイスはドイツのBMW、ベントレーはやはりドイツのフォルクスワーゲン、ジャガーとランドローバーはインドのタタ、ボクソールは米国GMの傘下である。英国で最も売れている車種はフォードのフォーカスだそうだ。

世界で初めてジェット旅客機を生んだ航空機産業も、タイタニックのような巨大客船を生んだ造船業も、今はもうない。かろうじて電気掃除機メーカーのダイソンが気を吐いている。

英国の産業の中核は金融である。GDPの3割を占める国内最大の産業だ。それが機能不全に陥ったのだから、ポンドの信任が揺らぐのは当然であろう。ポンド安で恩恵を受けるべき産業がなければ、経済の自律的な回復の鍵を何に期待すればよいのだろうか。

日本はどうだろう。結局のところは輸出依存型経済という姿は昔も今も変わらない。最大手の輸出先は米国だ。米国の産業構造は英国とよく似ている。やはり金融中心の経済である。米国も英国同様に貿易収支は赤字だが、その規模は比較にならないほど大きい。かつて米国製品が世界を席巻していた時代を知る人のなかには、ドル安が米国産業界の利害と一致すると感覚的に信じている向きも少なくないだろうが、果たして今でもそう言えるだろうか? 今はまだ、世界経済の混乱が始まったばかりの段階なので、迷走状態にあるが、過去の習慣を離れて現実をあるがままに見直せば、自ずと落ちつきどころが見えてくるような気がする。

参考文献:OECD Factbook 2008