熊本熊的日常

日常生活についての雑記

前言を翻す

2010年11月16日 | Weblog
何に反応したのか知らないが、昨日はやけにこのブログのPVが多かった。尤も、訪問IP数は普段とそれほど変らなかったので、同じ人が何度もこのブログにアクセスしたということだ。ネットにアップしたものは当然残るし、削除してもキャッシュが残るので、尖閣ビデオのような騒ぎにもなったりする。このブログはああいうものと違って毒にも薬にもならないもので、嘘の無いようにということだけ心がけている。それで、考え直してみて、「やっぱり違ったかな」と思ったら、素直に訂正記事を書く。

先日、いきものがかりのことを書いたときに「聴いていて思わず赤面してしまう」とか「彼等の曲で描かれているような世界観を共有することはできそうにない」とか書いた。ところが、その後、気に入ってしまい、新たにCDも買って、たまたまGayo!にミュージック・クリップ集もアップされているので、それも暇さえあれば観て、職場ではひとりなので遠慮気兼ねなく口ずさんだりしている。あれはいい。

先日、雑誌の取材を受けたと書いたが、そのことが記事になって今週月曜に発売された号に掲載されている。そのなかで、ある種の決断について例え話を語ったのが引用されている。曰く
「何十万円もかけてハワイ旅行をするときに、成田空港まで電車かバスかで悩むか、タクシーに乗っちゃうか。悩む人は決断できないと思います」
言わんとしたのは、例えば50万円くらいかかる旅行に2万とか3万とか上乗せになってもたいして変らないと思うか、限界的な部分が気になってしまうか、という思考のパターンの差異のことだった。しかし、「ハワイ旅行」はまずかった。ネットで調べてみたら、年末年始ならいざしらず、1週間でフライトとホテルと合わせて10万円もしないパックなどいくらでもある。数万円の本体に2万とか3万の付属品となれば、「限界的な違い」とは言えない。電車かバスかで多少なりとも逡巡し、タクシーの利用は選択肢に入らないのが当然だろう。「ハワイ」じゃなくて「世界一周」くらいにしておけばよかった。たぶん、あの例え話では、殆どの読者が誤解する。

「世界一周」するのに成田まで電車やバスの奴はいないだろう、と思う人もいるだろうが、私はけっこういると思う。何故なら、レクサスのハイブリットが売れるからだ。高級車に乗るくらいなら燃費など気にしなくても良さそうなものだが、気になってしまうせこさを拭い去ることのできない人というのが少なくないように思うのである。「エコ」だの「環境対応」だのというのはお題目のようなもので、それ自体に意味があるわけではない。別の言い方をすれば、ものを買うのに、そのものの良し悪しよりも先に値段や損得が気になる種類の人間が多いのではないかと思うのである。そういう本質より枝葉末節に振り回されるのが多くなってしまったから、手間と費用のかかる真正直な職人仕事が廃ってしまい、「儲け」だけを意識してつくられられた不誠実なものばかりがまかり通るようになったということだろう。

自分というのは時間が経てば他人と同じ、というようなことをどこかで聞いたことがある。他にも訂正しておいたほうがよさそうなことが多々あるだろうが、とりあえず思いついたところを書いておいた。