今週は火曜日が祝日で陶芸が休みだったので、火水と比較的早く起床しなければならない普段の週に比べると負荷が小さいはずなのだが、それでも今日は目が覚めたら昼近くなっていた。木曜日はゆっくりする、という習慣ができつつあるのかもしれない。
ゆっくりする、と言っても家事はある。腹が減るから炊事をし、月曜に洗濯をしたものにアイロンをかけ、などとやっているとあっという間に出勤時間になってしまう。家事というのは際限がないので、気になりはじめるといくらでもやることが出てくるのだが、億劫で手のつかないところはいつまでもそのままだったりする。これも習慣だろう。
欲望というものは際限がないので、不平不満というのはどのような生活にも何かしらあるものだが、これも思考や行動の習慣で自ら招いているものもあるように思う。時期外れの話題だが、敬老の日のアンケートで「今欲しいものは?」の回答で一番多かったのが「話し相手」だそうだ。話し相手を得るためには、子供や孫を説得することでもなければ福祉職員の巡回頻度を多くしてもらうことでもなく、まず本人が「あの人と話がしたい」と思われるような人物になることが最も有効な方法だろう。このアンケートの結果を見て、老人の孤独、というようなステレオタイプ風のイメージが湧くとしたら、それはものの見方の習慣であって、思考の欠如を反省すべきではないだろうか。不平不満は外部の所為にして、たまにの満足は自分の手柄のように考えるのも習慣だ。そういう習慣が強く身についている人と付き合いたいとか会話をしたいと思う人などないだろうが、それが本人にはわからなかったりする。それで、今欲しいのは話し相手、といわれても、外部からは手の施しようが無い。
習慣というものの厄介なことは、それが習慣であることに本人が気付かないことが多いということだ。健康的な習慣であったり、周囲の人々に感謝されるような習慣なら、それでも問題は無いのだろうが、その逆だと厄介なことになる。他人との関係ということでなく、自分自身の問題としても、無いものを有ると思い込んでいたり、有るものを自覚していなかったりすることは、案外多いのではないかと思う。閉塞感を覚えるような事態に陥ったとき、そこに習慣の悪弊がないかどうか、虚心に見直すという習慣をつけることは、生きる知恵として必要だろう。尤も、それで問題点がはっきりしたしとして、ほんの少しの決断で、そうした憂鬱を解消できるかもしれないのに、習慣に流されて決断できないことも多い。
習慣に満足するよりも、習慣を変える努力を怠らない習慣を身に付けたいものだと思う。
ゆっくりする、と言っても家事はある。腹が減るから炊事をし、月曜に洗濯をしたものにアイロンをかけ、などとやっているとあっという間に出勤時間になってしまう。家事というのは際限がないので、気になりはじめるといくらでもやることが出てくるのだが、億劫で手のつかないところはいつまでもそのままだったりする。これも習慣だろう。
欲望というものは際限がないので、不平不満というのはどのような生活にも何かしらあるものだが、これも思考や行動の習慣で自ら招いているものもあるように思う。時期外れの話題だが、敬老の日のアンケートで「今欲しいものは?」の回答で一番多かったのが「話し相手」だそうだ。話し相手を得るためには、子供や孫を説得することでもなければ福祉職員の巡回頻度を多くしてもらうことでもなく、まず本人が「あの人と話がしたい」と思われるような人物になることが最も有効な方法だろう。このアンケートの結果を見て、老人の孤独、というようなステレオタイプ風のイメージが湧くとしたら、それはものの見方の習慣であって、思考の欠如を反省すべきではないだろうか。不平不満は外部の所為にして、たまにの満足は自分の手柄のように考えるのも習慣だ。そういう習慣が強く身についている人と付き合いたいとか会話をしたいと思う人などないだろうが、それが本人にはわからなかったりする。それで、今欲しいのは話し相手、といわれても、外部からは手の施しようが無い。
習慣というものの厄介なことは、それが習慣であることに本人が気付かないことが多いということだ。健康的な習慣であったり、周囲の人々に感謝されるような習慣なら、それでも問題は無いのだろうが、その逆だと厄介なことになる。他人との関係ということでなく、自分自身の問題としても、無いものを有ると思い込んでいたり、有るものを自覚していなかったりすることは、案外多いのではないかと思う。閉塞感を覚えるような事態に陥ったとき、そこに習慣の悪弊がないかどうか、虚心に見直すという習慣をつけることは、生きる知恵として必要だろう。尤も、それで問題点がはっきりしたしとして、ほんの少しの決断で、そうした憂鬱を解消できるかもしれないのに、習慣に流されて決断できないことも多い。
習慣に満足するよりも、習慣を変える努力を怠らない習慣を身に付けたいものだと思う。