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20年前の旅番組を偶然見た。
樹木希林さんのインドの旅だった。
黒いコートを見てハッとした。白抜きの背紋 黒の絽。
希林さんの着物リメイクは 筋金入りだった。
釈迦誕生の地 インドは 今 ほとんど ヒンズー教徒の国である。
仏教徒の村があった。そこでは 子どもは一歳になって名付けが
行われる。突然 名付け親を頼まれた希林さんは 即座に
ガンガ ガンジス川 と名付けた。
生まれてくる自分の孫に 付けようとした名前だという。
葬式は? 葬式はどうするの?
20年前 亡くなった母親の 遺灰を ガンジス川に 流しに
行くのだ とひとりの男性が答えた。
それは きわめて 幸せなことなのだという。
ガンジス川は滔々と流れていた
わたしへの恨みつらみも消えるかしらね
わたしは 人生で ずっと 勝ってきた
個性とはいったいなんだろう
若い頃 個性を持たなくちゃ 個性ってひとと違った感じかた
ものの見方 と 思っていた
すなおに 感じればいいんだけど こう生きなきゃこうしなきゃって
自分を肯定してのさばらせてきた
迷惑したひともいて 自分も居場所が無くなってしまって
針の穴をすっと通る目処しかなかった
○ ○ ○○ ○ ぜったい会わなければならない自分
知らないで済むならそれでいいんだけど 知っちゃったら
辛いですよ
わたしは 娘の也哉子さんのことばを 思い出していた
母の58年の役者人生において、映画作りという真剣勝負の現場で、彼女の言動により、ときに人を傷つけたりもしたと思います。なので、この場をお借りして、すべての映画関係者に深くお詫びを申し上げます。
わたしは 昔 樹木希林という役者が 好きではなかった
いつも目立とう 目立とう としているのが あざとい と思った。
歯に絹着せぬ ひとを傷つけることさえ 躊躇しない 言動が。
けれども 希林さんは 正直なひと だったのだと 今にして思う
ひとを傷つければ それは必ず 自分に還る
希林さんは 潔く 受け止め 潔く 苦しんだ。
そして 死んでからのち 映画人としての栄光をさらい 最愛の夫を
あの世に 抱えていってしまった。
まことに忘れ得ぬ 驚嘆すべき 役者だった。
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