11/3初日の国立劇場、11月歌舞伎を観てまいりました。こちらも芸術祭参加作品です。少し時間に遅れました。案内の方が扉を開けますと、そこは極彩色の世界、みずいろ、金、紅.....富士に松、外郎売りに身をやつした曽我兄弟、仇の工藤、傾城、遊女.....絢爛たる美々しき異世界....なのになつかしく揺さぶられる世界......わたしは思わず ウォー...と叫び声をあげ、なんてウツクシイ..... と呟いたのでした。
傾城の立ち姿のうつくしさ....宝塚の名男役、轟悠さんが「無理な姿勢ほどうつくしい.....」とおっしゃっていましたが、傾城の後ろを振り返りながら半身を30度もそらせるその姿勢を保つにはどれだけの基礎体力が必要でしょう。方々は10分のあいだ 微動だにしないのです。囃子方の退場場面ですとか随所にいかにうつくしく見せるかの工夫があって、ただただ感心するばかり....でした。
二幕目の反魂香は近松作(団十郎の又兵衛、藤十郎のおとく)......大津絵....江戸時代のイラストのようなもの.....で細々生計をたてている又兵衛が、弟弟子の修理の介が、師匠の苗字と印可をもらったことを聴きつけ、女房のおとくとお師匠に直訴にやってまいります。又兵衛はひどいどもりで、立て板に水の女房おとくに代わりに思いの丈を言わせるのですが、師匠は首を縦に振りません。画業で手柄を立てよというばかり.....大事な役目も どもりのために修理の介に持っていかれ、見苦しいさまを 師匠にひどく叱られた又兵衛は自害を決意します。
手が二本、指が十本、ちゃんとあるのに、どうしてどもりに 生まれたのやろ.....この場面....おとくの又兵衛に寄り添うさまに わたしは涙をぽろぽろこぼして泣いてしまいました。
死ぬまえに 絵を描くようにおとくに言われ、又兵衛は精魂こめて手水鉢に自分の似姿を描きます。もはやこれまで.....となったとき、水杯をと....手水鉢に近寄ったおとくは 夫の描いた似姿が手水鉢の反対側に透っている奇跡を目の当たりにします。師匠も又兵衛の絵の力に驚き喜び、名と印可を与えたうえに、用意してあった見事な装束、刀をふた降り与えるのでした。又兵衛は小躍りして喜び、観ていたわたしたちも ほっとするのです。
最後の大津絵道成寺は舞踏劇で、このたび文化勲章を受章された山城屋こと坂田藤十郎さんが五役を踊ります。おいくつになられたのか....みずみずしい色香、愛らしさ.....おじいさんが娘をうつくしく演じる.....こういうのは世界的にもあまりないでしょうね。心配なのは弁慶役の中村鶴亀さんがバタリと倒れ、これも演出家と思いきや 黒い幕がするするでてきて 運び去ったことです。なにやら血のあとらしきものもあり、心配です.......しかし主役のひとりを欠きながら舞台はとどこおりなく進んでいくのでした。
400年の長きにわたって同じ演目を演じ続ける、世界でも例を見ない歌舞伎の様式美、浄瑠璃(語り)と囃子と役者がひとつになってつくる世界......観客と歌舞伎のあいだには暗黙の約束事がありました。見得を切る、拍手喝采 贔屓への掛け声、太鼓の音は雪や討ち入りの効果音でした......江戸時代、ひとびとは金持ちも貧乏人もお芝居が好きだったようです。多くの名優たちが同じ芝居、同じ役を演じることで、役者として負けられない意地もありましょうし、観衆も見る目が肥えてゆき、十八番はますます磨かれていったのです。
正直 わたしは ことばもろくろくわからないのに こんなに感動するとは思いませんでした。現代劇の比じゃないおもしろさと汲めども尽きせぬヒントの数々が、伝統芸能にはあります。......たとえば歌舞伎では踏む 力をこめて踏むようにドシドシ歩くシーンがあります。舞踏はことばとおり、舞うと踏むで成り立っていますが、これが歌舞伎や能...猿楽....田楽....と芸能の歴史をさかのぼってゆくと踏むことで悪霊を追い出した田楽のルーツ”田遊び”につながるのではないか。
あるいは 役者さんたちの芸を磨く研鑽の姿勢とその陰の圧倒的身体能力...マイケル・ジャクソンのムーンウォークもできるんじゃないかと思います。役者さんだけでなく、語りも全身で語る、真っ赤な顔で汗を拭きながら語る......全身の芸。日本にはたくさんの役者さんがいます。たいがいはロシアや英国やアメリカの方式で学ぶわけですが、一部を除いては伝統演劇の役者さんにその存在感でかなわないように思います。400年の歴史 日々をその世界で過ごす....という特殊な環境でもあるのでしょうが、そのノウハウを一般にも公開してもらえないかな....と思うしだいです。
能は芸術だけど歌舞伎は.....という方がいまどきいるかしら。昔、能は武士のもの、歌舞伎は町人のものというたてまえのようなものがあってその名残なのでしょうが、たとえ 土地に伝わる神楽であろうと、口説きであろうと、観るひとの心を打ち 喜ばせ泣かせ ”あしたもがんばって生きてゆく力”になるのなら それは芸術なのだろうと思います。
........そして、わたしは一年と7ヶ月前 語り手たちの会の理事をひいて、ほんとうによかったと今思っています。やりのこしたこと、語り手が自分を磨いてゆくためのプロセスについて、もっとみなさんと考え あたらしくてふるいものを導入してゆきたい、あるいは地方の会員さんにもっとなにかできるのじゃないかと考えていました。それを放り出したことに一抹の罪悪感のようなものがあったし、わたしの語り....創作やパーソナルストーリーについてみなさんに問いかけたい....という想いもありました。
けれども、場所というものがあります。わたしのいる場所ではなかったし、努力したところで壁にぶつかり苦しむだけだったでしょう。語りに導いていただいた感謝の気持ちは忘れません。幾ばくかはお返ししたようにも思います。あとはほんものの語り手を育てることでお返ししたいと思います。
これで すっぱり けじめをつけて 自由にやりたいことができそうです。
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