中学からの友だちと一緒に、同級生の写真展を観に行ってから、高校生の時に彼が教えてくれた歌を思い出して口ずさんでいる。『籠の鳥』だ。確か、大正時代に流行った歌で、何となくその頃の哀愁というかロマンが漂っている。
「逢いたさ 見たさに 怖さを忘れ 暗い夜道をただ一人 逢いに来たのに なぜ出て来ない 僕の呼ぶ声忘れたか」。どうして彼がこの歌が好きだったのか分からないが、余り何度も歌うので私も自然に覚えてしまった。
私は中学の時から好きだった女の子がいて、『籠の鳥』を口ずさみながら夜道を歩いて、遠くから彼女の家を眺めていた。そのくせ学校ではほとんど話したことが無かった。私が好きなのだから、彼女も好きになってくれていると勝手に思い込んでいた。彼女を思って詩を文芸部の冊子に書いた。
高校2年、生徒会長に立候補することになった時、渡り廊下で彼女に出会った。ひょっとすると私を待っていたのかも知れない。彼女は「立候補しないで欲しい」とだけ言って去って行った。友だちと決めたことなので、取りやめるような、そんな勝手なことは出来なかった。
高校3年の3学期、中学の時の友だちの家で集まりがあり、同じ方角なので一緒に帰って来た。まるで恋人同士のような嬉しさで私は有頂天だった。踏切の手前まで来た時、彼女は「あなたが好きなのはあなたが描いた私なの。私よりいい人を見つけて」と言い放って走り出した。
私は呆然としてしまい、すぐに追いかけることが出来なかった。遮断機が上がると、追いかけなくてはと思い、走ってみたが見つけることは出来なかった。恋に恋していたのか、いや違う、そんなことは無いと何度も自問した。籠から出て来てくれたのに、私は気が付かない阿保だった。
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