友々素敵

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尾崎豊に共感できない人たち

2013年04月26日 23時38分07秒 | Weblog

 テニスクラブに所属している70代の男性が、「若い人が入ってこない」と嘆いていた。スポーツばかりか趣味のサークルでも同じことが言える。私の住むマンションにも合唱サークルがあるけれど、結成以来の女性たちばかりでメンバーに大きな変化はない。歴史が刻まれれば刻まれるほど、他の人は入りにくいようだ。レベルの違いはもちろん、交わされる話題にもついていけない。そんな違和感を抱いてまで参加する必要はないと思うのだ。

 女性たちは比較的柔軟にご近所付き合いが出来るけれど、男性は職場以外でも気を遣うのはごめんだと思っている。そんな柔軟性のある女性たちでも、既存の組織に加入するのには勇気がいるようだ。歴史のあるサークルやクラブよりも、たとえばたまたま出合ったPTAとか、犬の散歩で知り合った人の方が馴染みやすい。それでも、序列とか人間関係で悩んでしまう人もいると聞く。

 今朝の朝日新聞の教育欄に『尾崎豊 ピンとこない』という記事があった。精神科医の香山リカさんは長年、若い人に尾崎豊について聞いてきたが、「尾崎の抱えた不満の理由を分からない人が増えてきた」と言う。そして「権力や大人は悪ではなく、社会秩序を守る存在で、これに反発する意味はない。最近の若者にはそんな認識が広がっている」と指摘する。尾崎豊の歌を聞いた高校生は、「下手したら退学になるし、バカだと思う」と言う。「俺、頭悪いですよ。勉強もしないし、学校よりもバイト優先だし」「適当にうまくやった方がいいよ」と。そして尾崎豊の歌のような生き方は「めんどくせー」と笑う。

 小4から中2を対象にした調査でも、「家の中で一番いる場所は?」の問いに対して、「自分の部屋」ではなく、「居間」が76%を占めている。「家族といるとホッとする」と答えた子どもが97年の調査よりも12年では10ポイント増えている。子ども自身も「お母さんに反抗したことはない」と言い、「お母さんの反応は読める。だからケンカしない」と答えている。家族を大切にし、揉め事を起こさない、優良児のような子どもが増えているようだ。

 公的なクラブやサークルには属さなくても、たとえば街のスポーツジムのようなところには若い人が結構多い。しがらみのない関係を求めているのだろう。クラブやサークルでは、人間関係が複雑で骨が折れる。若い人たちにとっては人間関係が希薄の方が生き易いのかも知れない。そういう私たちも、職場は仕方ないとしても、地域まで複雑な人間関係を持ち込みたくないと思っていたはずだ。そんなことを考えると、今の若い人の方が私たちよりはるかに現実をよく見ているのではないかと思う。若い彼らに任せるのが一番良いのかも知れない。

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