友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

どうしてこんなに情けないのだろう

2022年07月24日 17時39分34秒 | Weblog

 入院した11日は参院選挙の結果が報じられていたので、やっぱりかという思いでテレビを見ていた。8日に銃撃されて亡くなった安部元首相の件も各局が取り上げていた。ロシア軍によるウクライナへの軍事侵攻が続いている様子も報道されていた。私は自分の身体のこともあり、この先どうなるのだろうと漠然とした不安を感じていた。

 「あのまま放っておいたら危なかったですよ」と医師に言われ、出血死だったのかと想像した。九死に一生を得て、毎日快適な静かな病室で、やることが無いので持ってきた月刊誌『文藝春秋』8月号を読んで時間を潰していた。雑誌は気になるところだけ読めばあとは素通りなのに、今回はかなり読み込んだ。

 特集は池上彰氏と佐藤優氏の対談「日本左翼100年の総括」で、続いて「重信房子と日本赤軍」、「日本共産党と文藝春秋の100年」、樋田毅氏の「左翼的な気分は何処へ」が組まれていた。その他にも「自民京都府連がまた選挙買収」「ウクライナ戦争の終わらせ方」「エリザベス女王愛される理由」「俳句脳の鍛え方」「新世界地政学」「古川ロッパと映画時代」「文藝春秋が報じた映画の肉声」「鎌倉殿の死生観」「菊池寛アンド・カンパニー」そしてコラム欄など、退屈することがなかった。

 私の治療に当たってくれた人たちや心配してくれた皆さんには申し訳ないけど、入院中は私にとっては快適な毎日だった。いろいろ考えることもでき、ありがたい時間だった。安部元首相を襲った男が「統一教会に恨みがあった」と述べたことで、私に「この本を読んで、あなたなら分かると思うわ」と1冊の本を渡してくれた知人の女性を思った。韓鶴子著『人類の涙をぬぐう平和の母』、どんな思いでどんな風に統一教会を立ち上げてきたかという自叙伝である。

 少しばかりキリスト教を知っている私には、朝鮮の土着宗教がキリスト教の変種となったとしか思えなかった。日本でどうして統一教会が信者を増やしたのか、キリスト教にシンパシーを感じる私には理解できない。統一教会が広がる前、創価学会が信者を増やしていた。私も誘われて集会に参加したことがあるが、恐ろしく感じて断った。財産を寄進する人もいた。

 人間は弱い。何かに頼ろうとする。仲間を求めようとする。仲間ができると他は、不要な存在かあるいは敵に見えてしまう。孤立化が進めばますます排他的になる。どうしてこんなに情けないのだろう。

 


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