◇『恩はあだで返せ』 著者:逢坂 剛 2004.5 集英社 刊
「小説すばる」に掲載された5篇の連作もの。
登場人物は割と少なくて警視庁御茶ノ水署生活安全課保安係の斉木斉主任と部下の梢田威
と五本松小百合。斉木主任と梢田は小学校の同級生だが、どういうわけかいまは上司(警部
補)と部下(巡査長)の関係。凸凹迷走コンビのやり取りが軽快で面白い。特に婦人刑事の
五本松小百合は柔術に長け、口八丁手八丁の女丈夫。自分のことを「わたくし」などと一人
称で呼ばず、「五本松は」などと三人称で呼び客観視するのが特徴。
今回の3人をめぐる事件はいくつかあるが、メインの事件は「恩はあだで返せ」。
斉木主任が、かつて上司であった尾関という先輩刑事から頼みごとをされる。4年先輩の尾
関は麻薬所持容疑で松山という男を逮捕したが彼は麻薬を持っていなかった。尾関は誤認逮捕
を避けるために松山の靴に麻薬袋を入れて麻薬所持をでっち上げ、幸い前科があったので3年
の刑で刑務所に送った。その松山が近頃出所した。彼はその後尾関を訪ね、どういうわけか尾
関の情報屋になって尾関に協力し始めた。ところがその松山が突然死んだ。ところがその姉が
「松山の遺した日記がある」と言って口止め料払えと言ってきた。松山は日頃から日記をつ
けており「でっちあげ」の証拠があるというのだ。斉木はかつて尾関にミスをカバーしてもら
ったという借りがあり、このゆすり対応にひと肌脱がざるを得ない。梢田にも手助けをしろと
いう。
日記の手帳と引き換えに500万円払うという取引。うまくいかなくて手帳が取り戻せなかっ
たら出口に隠れていた斉木らが松山の姉とその相棒を取り押さえて手帳を奪うのが作戦である。
携帯に尾関から取引不調の知らせが届いた。二人は姉とその男を取り押さえてバッグを探った
が、手帳などない。彼らは「手帳など知らない」というのだ。
そこに電話が入る。二人が走った先に尾関が倒れ転がっている。その傍らには五本松小百合
の姿があり梢田は驚く。尾関の傍らのバッグには500万円の札束と白い粉の袋。なんと斉木は
100万円を抜くとポケットに入れる。白い粉の袋は破れて大半がどぶに流れてしまった。尾関
は五本松刑事に空手打ちを食らって気を失っているらしい。
以下は斉木の謎解き。「尾関は相当な悪だ。松山は尾関の手先となってクスリの取引に係わ
り、その一部をくすねていた。彼の姉は遺品のヤクを捌こうと尾関に接触してきた。尾関はう
まく出し抜いてやろうと一計を案じ、ヤクと口止め料を一挙にせしめようとひと芝居打ったの
だ。まさかの時の保険に俺をかませて共犯者にしようと、昔の貸しを口実に協力させたのだ。
それに気づいた俺は五本松に尾関の後をつけさせたのだが、まさか…」
斉木はバッグの500万円から100万円取り上げる。
「50万円は俺が出した分。残りは手数料だ」
(以上この項終わり)