◇『悪童日記』(原題:Le Grand Cahier)
著者:アゴタ・クリストフ(AGOTA KRISTOF) 1991.1 早川書房 刊
美形で頭もいい双子の男児。戦乱の大都市(多分ブタペスト)から祖母の住む田舎に逃れてきた。成長の過
程で出会う世の中の不条理・苦難に果敢に立ち向かう彼らが表した日記帳の、驚きの内容に感動する。
この小説では時代的にも地理的にも特定されていないものの、読んでいると明らかにヨーロッパの東部地域の
第2次世界大戦前線地域を想像させる。訳者は訳注をつけほぼ間違いなく対応する歴史的事実について読者
の想起を助けている。
祖母は夫を毒殺したと噂されていて”魔女”と呼ばれている。彼女には孫たちを面倒見る気はさらさらない。住
まわせて食べさせはするが、それは畑や家畜の世話などをした時だけ。 双子の母からの仕送りの金や衣服な
どを猫ばばするしたたかな婆さんである。男と駆け落ちして双子を生んだ娘の子なので彼らを”牝犬の子”と呼ぶ。
読み書き計算、歌唱、手品、演劇など知的能力を自習で身に着けた。いじめられてもめげない強靭な精神力、
殴られてもこれに耐える訓練、危険から身を守る能力も鍛練した。乞食の練習もした。酒場で歌や手品、寸劇な
どで金を稼いだ。
障害児へのいじめ、暴力、聖職者による幼児性的虐待、ドイツ軍将校によるおぞましい男色の世界、サディズム。
戦争、占領、死、貧富、強制収容所に連行されるユダヤ人らの悲劇など、双子の見聞と体験の記録というスタイル
を用いて、人間の非情で醜い営為を淡々としたタッチで白日の下にさらけ出した稀有な作品である。
脈絡と時間的連続性を保ちながら62の章立てで綴る激動の記録である(1章3ページほどで余分な修飾のない
簡明な表現が特徴)。
それにしてもこの双子の子らの知的・身体的能力は正に怪物的である。世の中の不条理に敢然としかも巧み
に立ち向かっていく。だが優しい心根を持っていて弱い人を助けるためには、万引きも、脅しもする。
意地悪なおばあさんが怪我をした時や病気の時にはちゃんと介抱してあげる。
戦争はやがて終わり母親が双子を迎えに来た。だが彼らはこの地を離れることを拒む。母親は新しい伴侶と
新たに生まれた女児を連れていた。そこへ爆弾が落ち破裂し親子は死ぬ。3人は庭に母娘の骸を埋める。
抑留されていたという双子らの父が現れる。妻はどこだというので庭の墓を示す。父は墓を掘り返し遺骸を見
て黙って姿を消す。
魔女のおばあさんは脳卒中の発作を起こし先が短いことを悟り、宝物のありかを子供らに教え、二度目の発
作時に飲ませるようにと毒薬を渡す。
その数年後また父親が姿を現した。
このあと衝撃的な結末については読んでのお楽しみ。
結構深刻な問題意識を持った小説なのだが、エンターテイメント性をも備えており、独特のユーモアもあっ
て一気読みの傑作である。
(以上この項終わり)
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