◇ 『新任警視』
著者:古野 まほろ 2020.5 新潮社 刊
著者は警察庁採用のキャリアとして警察庁は元より、警察本部、所轄警察署
勤務の経験をもって作家東大法学部出身。したがって業界には超詳しい。630
ページ二段組の分厚い冊子の半分は警察署の仕組みシキタリ、固有の警察文化、
組織文化に関する解説が滔々と流れ、これまでサスペンス小説を読んで蓄えた
小生の警察官顔負けの知識にさらに磨きがかかる。
主人公司馬達(25)は警察庁勤務後初めて警視として警察本部の所属長と
して赴任する。すでに結婚し当面臨月にある妻は残し、単身赴任である。新任
警視の仕事は警備部公安課長。警察キャリアの指定席、県警本部長、警務部長、
警備部長。公安課長、警備第二課長の並びでは第4番目である。
司馬の勤務先は作中愛予県となっているが、諸状況からして四国愛媛県であ
ろう。実は司馬は大きな使命を背負っている。公安課の仕事は特殊組織犯罪の
摘発である。つまりオウム真理教事件再発を防ぐための組織「特対班」が警察
庁に設けられ、各都道府県警察の警備部公安課(または警備課)がその実働部
隊となる。目下のところオウム真理教に類する団体キリスト教過激派カルト集
団(まもなくかなたの=略称MN)が台頭、大都市圏ではオウム真理教を模倣
するかのような強引な手法で勢力を拡大しており、信者数4万人を超える。な
んと四国愛予県にその本部が置かれた。愛予県にある教団施設が大都市圏のど
の教会よりも大きく、教皇庁と言われる総本山が置かれている。全国各地から
信者が出入りするということで、公安では拠点施設として注目している。
その愛予県警備部宇喜多公安課長が不審死を遂げ、死因はMNが開発中の毒
物(キューピッド)によるものと思われる。キューピッドは宇宙探査機ハヤブ
サが回収予定地オーストラリアでなく、愛予県のMN教団の敷地内に落下、
「ネレウス」からの採取物から作られたらしい。
直近情報はやぶさの 「中華鍋」を登場させるところがなかなか憎い。
というわけで先制的にMNの本拠地をたたくのが司馬の使命ミッションとな
ったのである。
章立てを見てみよう。第1章警察庁、第2章愛予県警察本部、第3章公安課長、
第4章警備犯罪、第5章事件検挙、第6章更迭、第7章離任、終章人事異動
明らかに第4章までは警察庁をはじめ都道府県警察の組織、役割、相互の関
係、警察村の文化などの説明である。しかし、単なる説明ではなく愛予弁(?)
を多用するなど愛予県警という地域色を出しながらキャラクターを浮かび上が
らせているところがうまい。
第4章 警備事件 に至りようやく警察対MN教団の対決場面となる。愛予県警
には2人の教団幹部級の信者がいる。警察にも教団内に5人のモグラ(情報提供
者・オトモダチ)を抱えている。最上級のオトモダチは「ガラシャ」。
第5章事件検挙から本格捜査。教団信者の失業保険不正受給や警察共済健康
保険証不正使用などの手がかりに教団本部へのガサ入り、中華鍋回収を図る。
その成果は・・・。第6章更迭、第7章離任という流れで想像できるように作戦
は失敗し司馬公安課長は懲戒処分、更迭される。ところが・・・。ここで事は
急展開。思わぬ流れで司馬の作戦勝ちとなる。その次第は読んでのお楽しみ。
結構緻密なミステリアス仕上げである。
「マグダラ」という新しいオトモダチのくだりはいささか安易。
司馬は臨月の妻がありながら大学時代からの友人本栖充香と不倫関係にある。
愛予県赴任後も温泉に出かけ枕を共にしている。なんという人かと思った
が、本栖はMN上級幹部への接近作戦に不可欠なオトモダチ要員で「ガラシャ」
と呼ばれており、担当が愛人関係にある司馬であったというわけ。それにして
もこうした設定はやや無理がある。司馬はガラシャ逮捕のあとも「彼女を愛し
ている」と告白しているが、妻は一体どうするのだ。著者の倫理観を疑うとい
うのは行き過ぎであるが。
(以上この項終わり)
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