読書・水彩画

明け暮れる読書と水彩画の日々

太田 愛 『犯罪者クリミナル(上・下)』

2021年01月30日 | 読書

◇『犯罪者クリミナル(上・下)

 著者:太田 愛 2012.9 角川書店 刊

 
 
 人気脚本家という著者はこうした作品は初めてなのだろうか。
 初めてにしては完璧なエンターテイメントを心得た作家である。
 本の帯には「渾身のデビュー作」とあるので初めて書いた長編である。
 とりあえず上巻の感想であるが、確かに帯通り面白い。事件の接点の造りが奇抜であ
る。それとプロット構成の見事さと登場人物の造形でよい。病原菌含有ベビーフードを
事件の核心に置いたところもすごい。一見何の関連もなさそうな5人の通り魔殺人の被
害者、殺されかかった若者繁原修司、殺戮者と繁原の接点を作った女性亜蓮、署内で村
八分扱いの刑事相馬亮介、その友達の元TVディレクター鑓水、コングロマリットのドン
富山とその食品部門営業課長の中迫、富山と癒着した政治家磯辺と秘書服部等々事件の
関係者は枚挙にいとまがない。
 切れ味の良い場面展開の中で伏線は着々と敷かれていく。場面描写はビビッドで場面
展開のテンポも良い。

 ある駅前広場で通り魔札事件が起きる。一見なんの関連もなさそうな4人の男女が殺
害され、一人は死を免れたものの重傷を負う。加害者は死亡した。しかし加害者は替え
玉で眼無し帽の男が死神だった。死を免れた繁原修司が見知らぬ男から受けた忠告らし
いセリフ「遠くへ逃げろ、10日待て」というは一体何を意味するのか。
「なぜ」、「誰が」、事件の発端と謎は第2部・第3部で次第に解明されていくのだが、
真相は下巻で語られる。 

   作品のプロット上重要な事件、起炎菌の一つと思われる乳幼児の奇病「メルトフェイ
ス症候群」の説明は詳細を極め、かなり専門的である。この奇病にかつてTVドキュメン
ト番組で取り組んだのが相馬の友人鑓水である。
 一方この頃、時の政府の少子化対策の一つ「スマイルキッズキャンペーン」に乗り出
した。富山コンツエルンの食品部門も離乳食分野に進出を企図、コンペテッター「マミ
ーセレクトは富山のマミーセレクトで離乳食商品を手掛け、企画を否定され社を去りス
ピンアウトした大多喜が設立した会社だった。大多喜に先を越されるわけにはいかない。
 富山は政治家磯辺を使ってマミーセレクトに先立って認証を受ける。保育所にサンプ
ルを配布しアンケートを行うことによって一早く先行者利益を上げようとした。しかし
サンプル製造を急ぐ無理がたたって、原料のニンジンに指定外肥料を使っていた中国製
ニンジンが混じっていたのを黙認した。その陰で「メルトフェイス症候群」の発症が進
んでいた。

 中迫はサンプル配布先の地域と汚染にんじんの混入可能性、奇病の発生地域の整合性を
探りその付合に愕然とする。
 中迫は、事態の公表と善後策を上司の専務に進言するが、サンプルの廃棄、分析データ
の改竄で事態を隠蔽しろと指示される。会社に不利なことは握りつぶすという習性。責任
を回避するためにさらに悪事を重ねる。世の中には人の命を消すことに何の抵抗もない人
間がいる。
 サンプル廃棄を任された中迫は廃棄用トラックの運転手真崎省吾に荷物の保管を頼む。
真崎の息子雄太は中迫の娘敦美の同級生でお互いにぜんそくなどの持病を持つ知り合いだ。

 真崎はマスコミに事実を明かしタイタスフーズを否応なしに障害児救済に追い込もうと
策を練る。偽名で内部告発者からとしてタイタスフーズを糾弾する文書を病原体汚染サン
プルのデータを添えて行政、TV・新聞などマスコミ、消費者団体に送る。サンプル自体
は極秘場所に保管し、会社が釈明記者会見を開いた際に中迫が真実を暴露し、サンプルの
ありかを公表するという作戦をたてる。
 真崎は松本に住む旧友杉田に頼んでタイタスマークを書き込んだ偽装車を用意し、隠し
てあったサンプルをマンション建設現場に不法投棄しようとする。その現場を散歩中の人
たちに見られた。あまつさえ藪原修司には声までかけられたのである。

 厚生労働省から藤沢工場に立入り検査が通告された。4月4日。その日までが「10日」な
のである。政治家磯辺に泣きついたタイタスフーズ。磯辺の秘書服部は検査までに事を整
えておくようにと言ってきた。中迫は内部告発者と疑われるが、証拠はない。

 真崎の計画は周到を極めていた。「タイタスフーズ幹部の皆さまへ」という封書が専務
に送られた。中身は脅迫状である。3億円払わなければサンプルをばら撒くという。
 処理を任された森村専務はまた服部に泣きつく。処理を任された服部は殺し屋を雇いタ
イタスフーズに差し向ける。

 中迫は専務から脅迫状とサンプルの身代金3億円を知らされ愕然・狼狽する。真崎からは
そんな脅迫状は聞かされていなかったから。そして真崎は脅迫状直後から行方不明になり、
四国高松港で海に沈んだ彼の車が発見された。身柄は依然行方不明。
 一方藪原は偽装車を作った松本の自動車修理工場に杉田を訪ねたのだが,すでに眼無し帽
の手が回っていて、がんじがらめの体で松本の山中の運ばれあわやのところで相馬と鎗本
に助け出される。

 杉田は真崎に「4月4日までに帰らなかったら焼いて処分してくれ」と頼まれたという偽
装車の中には半世紀にわたるスクラップ帳があった。そこには真崎の計画の真相が残され
ていた(としか上巻には書いていない)。

 タイタスフーズが汚染サンプルが明るみに出ることを恐れていることはわかるが、単に
真崎の輸送車を目にしたというだけで5人を殺す必要があるのか。スクラップの内容でそ
の謎が明かされるかもしれない。
下巻のお楽しみである。                      (以上この項終わり)

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