小豆島に渡って着いた港が大部。
降りる車のほとんどが西の土庄町方面へ右折する中、へそ曲がりの僕は東へ左折。すぐに右折するとドンドン登り坂が続く。
途中の道端は麓の方は枇杷でろうと思われる葉の随所に紙袋が被された光景。
露地成熟は5月~6月が普通なのでひょいと手を伸ばせば届くところに在るだけに
つい手を伸ばしそうになって『窃盗犯』の前科が付いては!? と諦める。
岡山・日生港を出港する頃はタマァーに小雨がチラホラだった天気も船が進むにつれて晴れてきた。
ただ瀬戸内海特有のモヤというか霧と言うか、日中に暖められた海水から水蒸気が昇り、夜に
冷却されて明け方は飽和水蒸気量を越えるので視界はあまり良くない。
それでも大部港では頭上は晴れになっていた。
急な坂が続く道をドンドン上がって行くにつれて楓の葉の新緑が連なって来る。
「これが秋になって見事な紅葉を見せてくれるんやねぇ」という相方の言葉にウンウン頷き、頭の中は
ポストカードや写真集の寒霞渓の紅葉で真っ赤に染まりかけてくる。
イカンイカン! 今は若緑なんや! と言い聞かせるうちに景色が白濁してくる。
「あれれ?」どうも山頂付近は雲の中のようだ。
ううぅー せっかく来たけれど下界まではとても見下ろせない。
晴れ男なはずなのに おっかしいなぁ と思いつつ、まあ本格的な秋にもう一度来いということ?
と割とアッサリ諦める。
意外と日帰りでも来れるじゃん? という気軽な気持ちがそうさせたのかも知れない。
とにかく腹が減って(6時に家を出る前に食っただけで今は11時半)昼食が先。
山頂のレストランで食べたのが醤丼(ひしおどん)定食(1,080円) お茶の手前に在る鉢に
とろろ芋と醤と釜揚げシラスに刻みネギ。
醤(ひしお)というのが小豆島の名物で醤油を作るときに出る副産物のモロミなのだそうだ。
英生まれで仏育ちのナニワっ子な僕はこの田舎臭いモロミ味噌の鼻に抜ける匂いはチョッと
苦手な部類なのだけれど、せっかくきれいに盛り付けてあるこの中身をグリグリかき混ぜて
左端に在る御飯にぶっかけて食べるのが『小豆島「醤の郷」ご当地グルメ』なのだそうだから
ウッ!と鼻を曲げながらでも喰らうしかない。 醤油は好きでも味噌は・・・苦手。
『出されたものは残さず平らげる』は僕の心情なのだから仕方ない。
気分一新! 今度は土庄方面に向かって下る下る下る。
霧はドンドン晴れてくる。 向こうの山も上の方だけ雲がかかっている。
大阪城の石垣の大半がこの小豆島から海を渡ったし、アマ山岳部等が岩登りの練習に合宿を
すると聞くだけあって、ところどころに見える山肌は岩だらけだ。
ね、向こうの山の木々が切れた部分も岩肌が並んで見えてます。
この道は【小豆島スカイライン】(無料;県道27号線)と言われていて晴れていれば美しい眺望です。
先の方に黒岩の集落が見え大本山小豆島大観音仏歯寺(別名 しあわせ観音)が聳え立って
いるのが見えて来ます。
最上階の展望窓からは島の風景や瀬戸内海を見渡すことが出来、フランスで開かれた 「 アーク
ARC プラス + 国際作品コンテスト 」 で第一位を獲得した名実共に 世界一美しい観音様 です。
土庄(とのしょう)町の市街地まで降りきると小豆島一の繁華街に入ります。
町役場の前はギネスにも登録のある『世界一狭い海峡』があって笑わせられます。
全長約2.5km、最大幅は約400m、最狭幅は9.93m。 川のように見えますが下の水は海。
土渕海峡と呼ばれるこの海峡は橋でつながっていて遊歩道で覆われているので、実際は徒歩で
3秒もあれば対岸に渡れます。
土庄町は島の西端に位置していて平成の市町村合併の前には島内に3つの町がありました。
一つの町に統合すれば人口も3万人居て市にもなれたかと思います。
一番栄えていた土庄町だけが合併に反対して他の2町だけで合併して小豆島町となったようです。
今回の宿は島の南東に在るので徐々にそちらへと脚を進めます。
南岸沿いにちょうど真ん中あたりまで来たところに小豆島ふるさと村がありました。
手延そうめん館・ファミリープール・夢想館、また各種アクティビティ等いろいろな体験ができます。
ここからスタート こんな機械で延ばすんですね。 あとはこれに掛けて少しずつ
これも延ばす機械ですね で、後は乾燥室へ 乾いてパリパリになっている感じ
奈良にも三輪素麺という立派なブランドがあります。
茹であがった後は三輪素麺は堅い目のような気がします。
播州素麺や小豆島素麺は適度な粘りがあるような気がして、どちらかと言えばコチラ派です。
今日はこの辺で。
明日にはオリーブや醤油、二十四の瞳などについて土産話を続けさせてください。