仕事をしていて、あんまり近場ばっかり見てると展望を見失います。でも全体を見渡すとやることが多すぎて気が重くなる。その辺のバランスをうまくとらねばと思います。今、私は新しい実験をいくつか始めたいのですが、じっくり取り組む時間がなくて後回しになっています。しかし教育関係の果たすべき責務もおろそかにできません。教育は人間を育てる仕事ですから、今わたしがまいている種が将来ものすごく大きな結果を生み出すのです。とはいえ、自分自身の成長なくして若い人の教育などできません。そういうさまざまなことを考えつつ、重荷にへこたれず、遠くの目標も見失わず、しかも目先のことも細やかに、できればいいなと思っています。
そんなことを考えたのも、今抱えてる仕事がかなりタイトなのに、またしても新しい仕事が降ってきているからです。ありがたいことなんですが、精度を落とさずに、また、自分がやろうとしていることを後回しにせずに、引き受けられるかどうかを考えなくてはなりません。
それにしても昨年から私には「研究」関係の仕事がやたらと降ってくる。これはもう「もっと研究に時間を使うように」という天の声ではないかと思えるほどです。大学の仕事には「管理運営」「教育」「地域連携」「研究」とあるわけですが、仙台に来てもうすぐ6年、これほどよそからの研究のお誘いが集中するのはじめて。だから本当にありがたいなあと思うわけですが、、、。
さっきアメリカにも「この3月にまた行く予定だからよろしくね」とメールして、ちょっとカレンダーを見て軽く気落ちしたところなんですが(時間的余裕がないので)、まあ今は「やるとき」なのかもしれませんです!でちょっと忘れたいのが4年生の卒論。これからのあの修羅場を思うともう近視眼的にしかなれないので、あえてちょっと忘れて気持ちをもたせないといけない気がします、、。
そんなことを考えたのも、今抱えてる仕事がかなりタイトなのに、またしても新しい仕事が降ってきているからです。ありがたいことなんですが、精度を落とさずに、また、自分がやろうとしていることを後回しにせずに、引き受けられるかどうかを考えなくてはなりません。
それにしても昨年から私には「研究」関係の仕事がやたらと降ってくる。これはもう「もっと研究に時間を使うように」という天の声ではないかと思えるほどです。大学の仕事には「管理運営」「教育」「地域連携」「研究」とあるわけですが、仙台に来てもうすぐ6年、これほどよそからの研究のお誘いが集中するのはじめて。だから本当にありがたいなあと思うわけですが、、、。
さっきアメリカにも「この3月にまた行く予定だからよろしくね」とメールして、ちょっとカレンダーを見て軽く気落ちしたところなんですが(時間的余裕がないので)、まあ今は「やるとき」なのかもしれませんです!でちょっと忘れたいのが4年生の卒論。これからのあの修羅場を思うともう近視眼的にしかなれないので、あえてちょっと忘れて気持ちをもたせないといけない気がします、、。