上の写真は額帯鏡である。患者の背後にあるライトを凹面鏡で反射させ、真ん中の穴から患者の耳や鼻を覗く。とてもよく見えるが扱いはなかなか難しい。一コマ漫画では医者のシンボルとして描かれるけれども、これを使用するのは耳鼻科医だけである。
最近では、ほとんどの耳鼻科医が額にLEDライトを着けるようになり、未だに額帯鏡を使用している耳鼻科医は絶滅危惧種である。
私はすべての医療器具がこのように刻々と進化して、便利になっていくものだと思い込んでいた。
次の写真は、気管にチューブを挿入するときに使用する器具である。喉頭鏡という。
写真のように柄を手で持ち、横臥している患者の頭側に立つ。そしてこの鎌の刃のような部分を患者の口腔に挿入して、上に押す。そうすると舌根がどかされて気管の入り口が見える。そこにチューブを挿入して、気道と呼吸を確保する重要な器具である。救急救命センターや手術室でしょっちゅう使用されている。
この器具はアメリカ製で鋼鉄でできている。ずっしりと重く、手技が下手だと患者の前歯を折ってしまうことがある。そういうことがないように術者は修練しなくてはならない。
私はこれまで、この器具は改良されつくした結果が現在の姿だと思い込んでいた。ところが、この器具は作られてから70年間、まったく改良されていないという。
名古屋市立大学芸術工学部の國本桂史教授は、出来の悪い器具に術者のほうが慣れる必要はないとの当然の考えから、医療器具の改良を始めた。とうぜん上の器具も対象となった。鋼鉄を特殊なプラスティックに変えるだけで軽くなり、前歯を折るリスクが減った。
驚いたことに手術着も普通の仕立て屋が作る以上の工夫がされておらず、抗菌性や通気性や重量などがまったく考慮されてこなかったという。國本教授の発想によって、日本の医療器具や衣服の使い勝手がどんどんよくなって行くだろう。
これらは医者がかえって気づかない領域だ。ちなみに名古屋市立大学は私の母校である。