(1)前代未聞の東日本大震災による福島第1原発事故の「影響力」の大きさから、事故原因調査(accident inquiry)分析検証の「立ち上げ」の遅れが一部から指摘されていた。
事故から3か月後の6月に政府事故調査検証委員会が「失敗学」を提唱する畑村さんを委員長に、検察経験者、学者を中心に構成員として調査を進め、昨日、中間報告を政府に提出した。
国と東電の災害事故想定認識不足、事業管理者(東電)の技術不足、政府関係機関の連携不足と、災害に「何」も対応できない政府、事業者の「実情」を指摘したものとなった。
狭い国土に54基もの原発を設置してきた政府、事業者の「利潤効率」優先で機能性、安全性、国民の信用が『無視』されてきた「歴史」を糾弾するものだ。
中間報告ではあるが、『無視』の歴史の中にそれを助長してきた原発事業者の『うそ』と『改ざん』の歴史がまずあげられるべきである。
事故隠し、データ改ざんの「その場しのぎ」で原発の環境適応性、電力供給能力、費用対効果(それもすでに単価単位でも高額との異論があり、まして事故影響となれば未曾有)に名を借りた原発安全無視、利潤追求体制が、見過ごされてきた事実蓄積結果として巨大な原発事故影響を招いたのだ。
技術的な事故分析、解析にとどまらずに「原子力村」と呼ばれる政府、事業者、専門家の利益寡占トライアングル(monopolist triangle)の危ない「弊害」について、事故データ対照の検証が必要だ。
(2)今年中に沖縄当局に提出するとしていた政府の辺野古沖環境影響評価書(assessment)が「郵送」で沖縄に提出された(今日午後7時現在、郵便物は住民団体の妨害で県庁内に届けられないでいる)。
数々の不手際、問題発言で問責決議を受けた防衛相の手によるアセスの提出は、沖縄知事も信頼に値しないと拒絶してもいい事態ではあるが、法的手続きに従って受理すると公言していた。
すでに知事側には環境影響の問題点の整理、指摘がなされ公表されており、これに基づいて法的手続きを逆手に取っての明文化による「移設不可能」を主張する趣旨だ。
地元の反発は強く、アセス提出を「拒む」として住民団体が県庁内に座り込みの抗議を続けていた。
今日のニュースでは、県庁内に運ばれる郵便物まで阻止しようというエキセントリック(eccentric)な住民団体の抗議があった。
政府として重要課題のアセス提出の説明責任も十分に出来ない「郵送」という非礼な非常手段を使わざるを得なかった政府に、これも阻止しようという社会維持パラダイム(paradigm)を超えた住民圧力と、両者が「自棄」、自己否定(self-denial)の異常事態が、この問題への取り組みの無責任さが集約されている。
政府には「説明責任(accountability)」、沖縄には「遵法責任(obeying laws)」が強く求められる。
沖縄知事の法的手続きに従った判断結果を見守るべきだ。
事故から3か月後の6月に政府事故調査検証委員会が「失敗学」を提唱する畑村さんを委員長に、検察経験者、学者を中心に構成員として調査を進め、昨日、中間報告を政府に提出した。
国と東電の災害事故想定認識不足、事業管理者(東電)の技術不足、政府関係機関の連携不足と、災害に「何」も対応できない政府、事業者の「実情」を指摘したものとなった。
狭い国土に54基もの原発を設置してきた政府、事業者の「利潤効率」優先で機能性、安全性、国民の信用が『無視』されてきた「歴史」を糾弾するものだ。
中間報告ではあるが、『無視』の歴史の中にそれを助長してきた原発事業者の『うそ』と『改ざん』の歴史がまずあげられるべきである。
事故隠し、データ改ざんの「その場しのぎ」で原発の環境適応性、電力供給能力、費用対効果(それもすでに単価単位でも高額との異論があり、まして事故影響となれば未曾有)に名を借りた原発安全無視、利潤追求体制が、見過ごされてきた事実蓄積結果として巨大な原発事故影響を招いたのだ。
技術的な事故分析、解析にとどまらずに「原子力村」と呼ばれる政府、事業者、専門家の利益寡占トライアングル(monopolist triangle)の危ない「弊害」について、事故データ対照の検証が必要だ。
(2)今年中に沖縄当局に提出するとしていた政府の辺野古沖環境影響評価書(assessment)が「郵送」で沖縄に提出された(今日午後7時現在、郵便物は住民団体の妨害で県庁内に届けられないでいる)。
数々の不手際、問題発言で問責決議を受けた防衛相の手によるアセスの提出は、沖縄知事も信頼に値しないと拒絶してもいい事態ではあるが、法的手続きに従って受理すると公言していた。
すでに知事側には環境影響の問題点の整理、指摘がなされ公表されており、これに基づいて法的手続きを逆手に取っての明文化による「移設不可能」を主張する趣旨だ。
地元の反発は強く、アセス提出を「拒む」として住民団体が県庁内に座り込みの抗議を続けていた。
今日のニュースでは、県庁内に運ばれる郵便物まで阻止しようというエキセントリック(eccentric)な住民団体の抗議があった。
政府として重要課題のアセス提出の説明責任も十分に出来ない「郵送」という非礼な非常手段を使わざるを得なかった政府に、これも阻止しようという社会維持パラダイム(paradigm)を超えた住民圧力と、両者が「自棄」、自己否定(self-denial)の異常事態が、この問題への取り組みの無責任さが集約されている。
政府には「説明責任(accountability)」、沖縄には「遵法責任(obeying laws)」が強く求められる。
沖縄知事の法的手続きに従った判断結果を見守るべきだ。