(1)日本というのもまったく不可思議な国だと思う。福島第一原発事故の甚大被害にその後の途方もない汚染水処理問題と、これから数十年あるいは数百年は続くかといわれるやっかいな原発廃炉処理問題を現実のものとして見ながら、同時にこの狭い地震国日本の中にぐるりと沿岸部を取り囲むように54基もの設置された原発の再稼働について未練たらしくあれこれ論議しているという、矛盾したパラドックス(paradox)社会だ。
(2)原子力行政の監視、規制と推進組織が同在していた経産省から原子力規制委員会を独立させて再稼働問題を公平、公正、厳格に判断しようという組織改革でいかにも安全重視路線転換を演出してみせても、最悪のシナリオの「教本」が福島第一原発事故として同時進行して収束の見通しもたたない中では、見当違いもはなはだしい原子力行政改革の形がい化でしかない。
うそと改ざんの歴史の電力、原子力事業者は、組織改革(寡占化)、機能改革(発送電分離)の根底からの業務改革が必要なのだ。
(3)前民主党政権は30年代の脱原発を掲げながらこれを間断なく見直すこととし、その後の安倍政権はこの方針をゼロから見直し10年間で結論を出すという、結局何をやるのか意味不明のただ再稼働に向けての時間稼ぎで、原子力村、経済界の意向に沿った無秩序で無原則、無鉄砲な原子力行政なのだ。
(4)原子力規制委員会の調査団は、解析力の技術的な問題からのびのびとなっていた日本原電敦賀原発2号機の直下を走る断層を活断層(active fault)と認める報告書をまとめた。
活断層調査については、以前に専門家が「誤判断」として自らの結論を訂正することもあった。日本地震学会はすでにそれまで実施してきた地震予知は不可能として撤退しており、数万年前からの地層の専門家による地質調査についても絶対的な根拠、証拠の関連性はむずかしいのが現実だ。
(5)狭い地震国の日本において54基もの原発が領土を囲い、東日本大震災による福島第一原発事故で政府、原子力村がつくりあげた原発安全神話が崩壊している中で、幾重にも複雑多岐に交差する断層が活断層かどうかで原発再稼働か廃炉(abrogative atomic pile)を論議、判断するのも無責任で無意味なことだ。
指摘を受けた日本原電はさっそく科学的根拠のない判断として徹底抗戦(報道)を表明している。
活断層の判定もむずかしく、地震国日本では活断層だけが原発への脅威ではないことは福島第一原発事故の教訓から身にしみていることだ。
(6)政府は新エネルギー政策、原発地元の経済転換、廃炉計画について早く方針、政策設計を進めるべきだ。
(2)原子力行政の監視、規制と推進組織が同在していた経産省から原子力規制委員会を独立させて再稼働問題を公平、公正、厳格に判断しようという組織改革でいかにも安全重視路線転換を演出してみせても、最悪のシナリオの「教本」が福島第一原発事故として同時進行して収束の見通しもたたない中では、見当違いもはなはだしい原子力行政改革の形がい化でしかない。
うそと改ざんの歴史の電力、原子力事業者は、組織改革(寡占化)、機能改革(発送電分離)の根底からの業務改革が必要なのだ。
(3)前民主党政権は30年代の脱原発を掲げながらこれを間断なく見直すこととし、その後の安倍政権はこの方針をゼロから見直し10年間で結論を出すという、結局何をやるのか意味不明のただ再稼働に向けての時間稼ぎで、原子力村、経済界の意向に沿った無秩序で無原則、無鉄砲な原子力行政なのだ。
(4)原子力規制委員会の調査団は、解析力の技術的な問題からのびのびとなっていた日本原電敦賀原発2号機の直下を走る断層を活断層(active fault)と認める報告書をまとめた。
活断層調査については、以前に専門家が「誤判断」として自らの結論を訂正することもあった。日本地震学会はすでにそれまで実施してきた地震予知は不可能として撤退しており、数万年前からの地層の専門家による地質調査についても絶対的な根拠、証拠の関連性はむずかしいのが現実だ。
(5)狭い地震国の日本において54基もの原発が領土を囲い、東日本大震災による福島第一原発事故で政府、原子力村がつくりあげた原発安全神話が崩壊している中で、幾重にも複雑多岐に交差する断層が活断層かどうかで原発再稼働か廃炉(abrogative atomic pile)を論議、判断するのも無責任で無意味なことだ。
指摘を受けた日本原電はさっそく科学的根拠のない判断として徹底抗戦(報道)を表明している。
活断層の判定もむずかしく、地震国日本では活断層だけが原発への脅威ではないことは福島第一原発事故の教訓から身にしみていることだ。
(6)政府は新エネルギー政策、原発地元の経済転換、廃炉計画について早く方針、政策設計を進めるべきだ。