(1)日本の刑法がいくら報復主義をとらないといっても、罪は罪だ。19年参院広島選挙区で河井元法相夫妻の選挙買収事件で、東京地検特捜部は現金を受け取ったとされる地方議員ら100人が現金の授受を認めながら全員不起訴処分とした。
不起訴理由は元法相と地方議員の強い上下関係、現金を強引に渡されたものも少なくない(ポケットに現金をねじ込められた)などで、およそ法治国家の罪刑法定主義にあってはならない不条理(unreasonableness)、不合理な不起訴判断だ。
(2)かって、みんなで渡れば(赤信号)こわくないというルール無視を正当化するブラックジョークの標語があったが、これではみんなで収賄すれば(現金をもらえば)こわくないという誤った、困ったシグナル、悪幣を推奨することになる。
裁判は判例主義で前例判断が公平性、平等性から尊重される傾向にあり、これでは守るべき社会のパラダイム(paradigm)を否定して選挙違反を助長することにもなりかねない。多分に収賄容疑の地方議員100人の立証、証拠固めに時間がかかり、いつまでもかかわりあっていられない東京地検の判断が働いたか、収賄側の地方議員100人に意図的な選挙違反の意識が高かったわけではないと判断して全員起訴しても比較対罪の意識、起訴効果が薄いと判断したとも考えられる。
(3)河井元法相から無理やり現金をポケットにねじ込められて、返すに返せない強い上下関係が仮にあったとしても、収賄容疑成立要件には変わりはなく、罪の意識の軽重は裁判で考慮されるのが法治国家、罪刑法定主義であり、結局は東京地検が収賄容疑100人のどこで線引きをするのか、どこで線引きしても問題は残り時間と労力だけは残るとして、結局100人全員不起訴処分としたおかしな公平性、平等性の選択だ。
(4)今後検察審査会の判断では罪刑法定主義による不条理、不合理が指摘されて再審査が求められることになるだろうが、もうひとつ収賄側100人全員が不起訴処分になれば贈賄側河井元法相(控訴中)、妻案里(有罪確定)の判決、処分についても影響が考えられて、現金を受け取った側が全員不起訴なのに渡した側だけが罪に問われるというバイアス(bias)なおかしな司法判断、司法構成を招くことになる。
(5)日本の民主主義、法治国家、罪刑法定主義の足場、立場、判断が揺らいでいる。
不起訴理由は元法相と地方議員の強い上下関係、現金を強引に渡されたものも少なくない(ポケットに現金をねじ込められた)などで、およそ法治国家の罪刑法定主義にあってはならない不条理(unreasonableness)、不合理な不起訴判断だ。
(2)かって、みんなで渡れば(赤信号)こわくないというルール無視を正当化するブラックジョークの標語があったが、これではみんなで収賄すれば(現金をもらえば)こわくないという誤った、困ったシグナル、悪幣を推奨することになる。
裁判は判例主義で前例判断が公平性、平等性から尊重される傾向にあり、これでは守るべき社会のパラダイム(paradigm)を否定して選挙違反を助長することにもなりかねない。多分に収賄容疑の地方議員100人の立証、証拠固めに時間がかかり、いつまでもかかわりあっていられない東京地検の判断が働いたか、収賄側の地方議員100人に意図的な選挙違反の意識が高かったわけではないと判断して全員起訴しても比較対罪の意識、起訴効果が薄いと判断したとも考えられる。
(3)河井元法相から無理やり現金をポケットにねじ込められて、返すに返せない強い上下関係が仮にあったとしても、収賄容疑成立要件には変わりはなく、罪の意識の軽重は裁判で考慮されるのが法治国家、罪刑法定主義であり、結局は東京地検が収賄容疑100人のどこで線引きをするのか、どこで線引きしても問題は残り時間と労力だけは残るとして、結局100人全員不起訴処分としたおかしな公平性、平等性の選択だ。
(4)今後検察審査会の判断では罪刑法定主義による不条理、不合理が指摘されて再審査が求められることになるだろうが、もうひとつ収賄側100人全員が不起訴処分になれば贈賄側河井元法相(控訴中)、妻案里(有罪確定)の判決、処分についても影響が考えられて、現金を受け取った側が全員不起訴なのに渡した側だけが罪に問われるというバイアス(bias)なおかしな司法判断、司法構成を招くことになる。
(5)日本の民主主義、法治国家、罪刑法定主義の足場、立場、判断が揺らいでいる。