諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

原爆と神風。 その3

2015年01月03日 01時47分23秒 | 神道

続きますよ。

ここで話を島原の乱に戻します。島原の乱は過酷な年貢取立てに腹を立てた農民の一揆です。本来はこんな大規模な一揆になる訳は無かったんです。

何故ここまで大規模になったのか。キリスト教を布教した人が先導したのは間違いないでしょうね。そしてその人物は天草四郎時貞と言われてますが、多分、その影にイエズス会がいるように思います。

そしてその目的は海外を見渡しますと日本侵略が究極にあると言われてます。日本を植民地にするのが究極の目的なのです。日本の少女を奴隷として外国に売る計画もあったそうですが、宗教は心理的な兵器にもなりえます。有効な侵略兵器となるのです。宗教は間違いなく諸刃の刃ですから。

さて島原の乱で徳川幕府により37000人も殺された訳です。その多くがキリシタンでした。しかし、キリシタンが全滅した訳ではないです。多少生き残った人もいたとは思いますが、島原以外でも長崎にはキリシタンはいましたからね。隠れキリシタンとして信仰を続けていたんです。徳川幕府憎しの思いで。

キリスト教は一神教です。神道の神々、仏教の仏はキリシタンから見たら悪魔です。つまり神職も住職も悪魔の使徒となります。そして徳川幕府もキリシタンを迫害する悪魔の政府であります。

島原の乱で37000人が殺されましたが、記録を見ると一揆に加わらなかつた家族も微笑みを浮かべながら処刑されたと言います。その信仰力は凄まじいです。そして徳川幕府の力が薄くなるに連れ信仰心が表に現れ爆発し始めた。お坊さんを惨殺するほどの無頼になって来たのです。

長崎市でもキリシタンの勢力と一般的な日本人との対立が深まってきました。蘇民将来じゃないですが、キリシタンである免罪符的なものを玄関に貼り、一般的な仏教徒・神道の徒との接触を避ける様になってきた。

そして最終的には山を隔ててキリシタンの集落、一般的な日本人の集落に長崎が二分。長崎市はキリスト教により二つに分けられた不自然な都市となっていたのです。

そこに原爆を積んだB-29が飛来。原爆を投下する目標地点が雲に遮られて見えない。そこに風が吹き、雲の切れ目が現れ、その切れ目に原爆を投下した。その投下された地点は何とキリシタンの集落だった場所。キリシタンが集中して住んでいた場所の中心部です。勿論、戦時中もキリスト教徒が集中して住んでいたの街でした。

キリスト教徒の国が、そしてキリスト教徒が、キリスト教徒が日本で一番集中している場所に原爆を投下した事になります。長崎市の約三分の一失われた命の多くはキリスト教徒だったんです。

因みに一般の日本人が住んでいた場所は山を隔てた場所にあったので、放射能の危険もありませんでした。キリシタンが集中して住む長崎で、二つの時代を隔てた戦でキリスト教徒が狙われるように命を失った。私にはこれが偶然とは思えないのです。

北九州の小倉に原爆を落とす計画だったのに、朝霧で視界が遮られ落とせなかった。計画を変更し長崎市に向かった。長崎でも視界が雲に遮られた。原爆投下の目標地点が見えない。そこに雲の切れ目が出来き、そこに投下した。その場所がキリシタン街だった。これって偶然でしょうか。私は何らかの意思が働いたのではとどうしても思えるのです。

この話、日本にいるキリスト教徒の殆どが知りません。多分、隠しているからだと思います。この事実を知ればキリスト教の信仰を捨てる人は少なからず出る筈ですから。

私の家に布教に来る「エ○バの○人(暈します)」の方にもこの話をしました。私がキリスト教に対しての疑問として。

「エ○バの○人」は絶対神・ヤハウエであるエ○バの名を掲げていますが、イエス・キリストを大天使ミカエルが人間になった姿だとしています。その教えはキリスト教の一つの解釈と言えます。

その「エ○バの○人」の方も私の疑問には答えられませんでした。事実かどうか調べ、それが事実だと言う事を納得してましたが、その理由は判らないと語っていました。

私は思います。これは日本の地主神、日本の本来の神がキリストの神を嫌っていからじゃないのかと。

日本の神々はキリスト教から見たら悪魔です。仏教では妖怪とされたが、日本の神々を消し去る事が出来ず集合する形を取った。日本の仏教はインドから渡って来た仏教ではなく、神道をベースとせざる負えなくなった。それは坊さんが世帯を持つことが許されている点からも言えます。

「だったら何故、日本は戦争に負けたのだ」と言われても私には判りません。東日本大震災を経験し、一つの祓い清めなのではと思っていますが答えは出ません。

分からないけど何となくですが、日本の神の意志が動いてキリスト教徒の同士討ちをさせたのではと不謹慎ながら思います。こんな偶然を見せ付けられると。

天候の偶然が重なり、視野を阻む雲が度重なり発生し、原爆の投下ポイントが変更された訳です。この雲の流れは第二次世界大戦で吹いた神風なのではないでしょうか。

日本の神は善も悪も凌駕している存在のように思えます。畏怖すべき存在です。東日本大震災で善であれ悪であれ祓い清められる事を実感し、私はその様に考えています。

更に仏教徒も第六天魔王と称する織田信長に数万名の一向宗徒が殺された。第六天魔王の系譜には日本最強の逆賊・長髄彦と瀬織津姫とされる立烏帽子がいる。つまり第六天魔王は日本の地主神の仏号であると考えます。

第六天魔王と称する者が仏教徒の命を奪う。この点も日本の地主神の意志が感じられます。現時点ではですが・・・・・・・・。

今回はとんでも無いタブーを書いてしまいましたが、私が神道に傾倒する理由の一つもこの偶然が含まれます。だからと言ってどうこうしようとは思いませんけど。

まっ、取り敢えずはクリスマスをお祝いしないようにしたいと思ってます。キリスト教徒と日本の地主神に思われて、祟りが及ぶかも知れないので。

 

ではでは。

 

コメント (4)
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