諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

河童は何故キュウリが好きなのだろうか。その1

2017年01月23日 14時07分56秒 | 伝説

今回のお題、どうでしょうか。馬鹿でしょ、こんなの。でも気になっていたのです。私もキュウリが好きなので。

最近はミニキュウリ??もありますね。それに味噌を付けて食べる。美味しい。糖尿病にもやさしいし。

キュウリといえば河童。河童巻きも寿司にあるくらいです。何で河童はキュウリが好きなのだろう。ずっーと疑問に思っていましたが、こんなこと調べている暇人はいないでしょう。私もそこまで暇じゃないのでそのままにしていたのですが、河童とキュウリの関係について記載されている本を手に入れたので書きたいと思います。

その前に河童とは何なのか。「河童=瀬織津姫」との説も有るようです。どうしてなのか。

私のこじ付け論ですが、大山祇神は古事記にて小童と表記それています。「小童=小さな子供」の意味ですが、この場合の小童は違います。大山祇神は多くの神々の祖です。子供のイメージでは描かれていません。

つまり小童は「取るに足らないもの」と差別・卑下した呼び名考えるべきです。

大山祇神は代表的な国津神。天津神に支配された代表的な神です。侵略した側にとっては卑下すべき存在。取るに足らない神。だから小童と表記していると考えます。

その考えから河童は「川にいる取るに足らない者」を意味している。けっして「川の子供」ではない。

そして大山祇神が小童なら、河童は「川の大山祇神」と考えられる。

山は全ての恵の根源。鉱石も山から取れる。。山から川が流れ、田、最後には海へと流れる。つまり山神は石神、水神でもあり田の神、そして海神でもある。自然神=山神と考えて良いと思います。

そして大山祇神の別名は大水上神があります。水神の親を意味してます。山が川の水源ですから山神は川神・水神の親です。そして大山祇神の子であるコノハナサクヤ姫は桜の神であると共に水神。山神ながら一番水神の要素が強い神。だから富士山の浅間神社に祀られている。富士山の噴火を水の力で抑えて頂くために。

このコノハナサクヤ姫が瀬織津姫であるなら、瀬織津姫が河童と言ってもそう間違いではないいです。

さて、ここからが本題です。河童のキュウリ好きを解明するために一番重要なのは、キュウリを知らねばなりません。でも私、キュウリについて全然知りません。

「キュウリって何ですか」と農家の方に聞いても答えられないと思います。そんな事考える人はいないでしょう。キュウリはキュウリなのですから。だから困った。調べるしかないか。

 

続く。

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする