諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

仙台育英高校野球部、甲子園決勝敗退で思うこと。

2015年08月20日 14時01分24秒 | 出来事

実は今回のお題、仙台育英野球部の甲子園決勝結果が出る前に書いています。負ける筈だと思って。

さて仙台育英高等学校には数々の問題があります。私が一番腹が立っているのは「根性焼き問題」です。苛められた生徒の腕に20箇所以上もタバコで根性焼きした事件です。苛められていた生徒を集団で押さえつけ、殴る蹴るの暴行したとされます。話によると。真実かどうかは判りませんが。

それなのに学校側の取った措置は何と苛められ根性焼きをされた生徒に対し自主退学を勧めたんです。これには私、呆れ果てました。とんでもない学校であり教師達だと思いましたわ。

根性焼き問題は生徒による自傷行為とされていました。その根性焼きした腕を他の生徒に見せ回したら多くの生徒が動揺する。故に自主退学を勧めたと言う事だったらしいです。

私はそれが真実とは思えないです。自傷行為をしたことになっていますが、何故か苛めたとされる側の生徒も自主退学していると聞いています。矛盾を感じます。真実はどうなのかネットで調べても出てきません。かん口令が引かれているのでしょうか。

 まっ、仙台育英は私立高校です。極論、会社経営です。ネットで検索して頂きたいのですが、根性焼きされた生徒の腕はとんでもない事になってます。つまり苛めであるのなら、証拠が残っている訳です。

仮に自傷行為が本当であるなら、その生徒の心情を調べ、正常に導くのが教育と思います。それなのにその生徒に自主退学勧める。それが教育でしょうか。

 教育者としてではなく、会社経営者として、この根性焼きされた生徒は会社の恥部、そしてその証拠と映ります。会社としては恥部・証拠は消したい。だから根性焼きされた生徒に自主退学を勧たとだと私は思うのです。

詳細は当方部外者故判りません。詳細は違うかも知れません。しかし、根性焼きは事実です。学校側はその事実を包み隠さず公表すべきだと思います。教育者としての心があるなら。

それと忘れてならないのは育英硬式野球部の生徒が震災で津波被害を受けた大型リサイクルショップに盗み目的で入っている事。

経営者は私を含め将来が真っ暗になっていた時期です。店がズタボロになってしまった。積み上げてきた努力が木っ端微塵になった。それなのにそこに泥棒に入るなんて人間の屑です。野球部なんて廃部にしろと当時の私は激高したものです。

実は私も店で商売している時、大分万引きの被害がありました。某高校の野球部の犯行もあったのです。故に私、野球部には偏見を持ってます。野球部の生徒は万引きしても見つからなければファインプレーと思ってしまう。それは野球と言うスポーツに問題があるからだとさえ思ってしまいます。

先生も食っていくためには学校経営も大切だと思います。しかし運動のスター選手を全国、全世界からスカウトして学校を有名にすることが教育でしょうか。スター選手ばかり優遇して通常の生徒はどう思いますか。私ならいじけます。心が貧しいので。

うーん、怒りと悲しみで支離滅裂になってきました。私の言いたい事は野球で勝って有名になるよりも生徒が健康な心で学生生活を送る事が重要だと言う事です。

宮城県は経営破たん寸前です。私の大学も地元に残るのは2割り程度の生徒です。故に若い人や働き盛りの世代も少なくなっています。学校経営も厳くなっている。何時までも続けられない。それはしょうがないと思います。

必要が無くなれば消えるべきです。生徒の心を曲げてまで学校を続けるのは教育とは思えません。

そして今日、育英高校野球部は決勝で敗れる筈です。それが答だと私は思います。

教師はよくよく敗北を考えて欲しいものです。原因があるから結果が出るのですから。

 

ではでは。

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えっ、宮城県の「ローソン100」が全店閉店ですと!?

2015年08月19日 23時12分21秒 | 出来事

私、エコノミックアニマルと言う動物です。とにかく不運でついていない人生歩んでいるんで、得をしたい。簡単に言うと割引に目が無いのです。

定価で買うなんて滅多にありません。編集記者時代、シュガードーピングで頭を回す為に自動販売機で缶コーヒーを一日3缶は買って飲んでいましたが、今は殆ど買いません。甘すぎて糖尿病が悪化するからでもありますが、イオン系のビックや北○鮮系のド○キ○ホー○で税抜き50円で買えたりするもんですから、馬鹿馬鹿しいし勿体無いから買えなくなったのです。

否、それ以上に得に飢えているのでしょう。今の生活で得する事って余り無いので、こんな小銭でも気にしてしまうのです。これでも株で親の金・数千万円を動かしていたのにです。身も心も貧乏になったって事です。嘆かわしいです。

でも今は全世界マイナス成長前夜。既に中国もGDP7%なんて寝言でも言えない事態になってます。世界の誰もが損をする時代になる。そんな時代を生きるにはケチるしかない。「命ケチるな、金ケチれ」です。

金を儲けることが難しい時代です。特に地方は皆貧乏。貧乏人相手に商売しても儲からない。儲かる筈が無い。凡人はケチ道を歩くしかないのです。悲しいかな、悲しいかな。

うーん、自分でも何を言っているのか判らなくなって来ました。本題に入ります。

今日、「ローソン100」に何か「安物ないかしらん」と思い行ったら、入り口に張り紙が貼ってました。そこには何と「8月31日を持ちまして宮城県のローソン100は全店閉店します」と書いてました。ガァーン。

私はコンビにでは買い物はしません。エコノミックアニマルなので。かと言ってイオンでやっているディスカウント店のビックに行くにはチト遠い。そうなると「ローソン100」です。私にとってコンビニと言えば「ローソン100」なのです。

それが8月いっぱいで全店閉店となる。それは困ります。どうしたら良いのだろう。

私、自分へのご褒美として「マウントレーニア・ノンシュガー」を良く買います。勿論、ローソン100で。税込み108円で買えるので。

これがコンビにだと確か147円です。それに消費税ですから159円程でしょうか。約50円も違います。これはキツイです。馬鹿馬鹿しくて買えませんよ。

私のご褒美のマウントレーニアが買えなくなる。108円ならご褒美を得ても良いと思いますが、159円のご褒美は恐れ多い。頑張っていない私には、そんなご褒美は受け取れません。おこがましいです。そんな大それた男ではないのです。小市民なんですよ私は。

あぁーあ、困ったなぁー。ローソン100が閉店すると。

ローソン100はどの店も客が入っていますが、全店閉店するのですから儲からなかったのでしょうね。安いから利益が出なかったのだとでしょう。しょうがないかぁー。

アベノミクスと言っても地方は不景気のままです。物価も上昇してますし。その反面、高齢化社会で若い労働力の供給が難しくなって来ている。故に時給も高くなる。薄利でやっているローソン100は厳しかったのでしょうねぇー。

私、経済誌の記者時代にコンビニ経営の特集を書いた事があります。コンビニ経営者の収入は当時、夫婦で働いて確か月平均32万円位でした。

今より景気が良い時代なのに夫婦でバイトを節約し、長時間働いて32万円。勿論、ボーナスは出ません。これは安いです。

それでバイトの時給が1000円になったら大半のコンビには潰れる筈です。リスクがあるのにこんなに安いのでは馬鹿馬鹿しいです。

だから違約金を払わなくてわなくて済む7年が過ぎると多くのコンビは契約解除を本部に申し出て閉店が続いていた。代わりに登場したのが「ショップ99」。その「ショップ99」を買収したのがローソン。そして登場したのが「ローソン100」です。

私は「ショップ99」が出来て「コンビニの時代は終わったな」と思いました。そしたらビックの様な大型のディスカウント店が登場。今度は「ローソン100」が追い詰められた。うーん、時代の流れですかね。残念ですが。

もしかしたらローソンに買い取られず、「ショップ99」のままだったら続いていたのでと思ったりもしましたが、当時儲かっていたらローソンに売る事もなかったでしょうね。しょうがないのかなぁー。

うーん、これは暫くはご褒美もおわずけにするしかないです・・・・・と思いながら、ローソン100で半額になったスイーツを食べ食べ、感慨に耽る私でした。

 

ではでは。

 

 

 

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東京五輪エンブレムはパクリだったのか。

2015年08月17日 00時13分55秒 | ニュース

私、以前に株の業界紙の整理記者をやっていました。

整理記者と言うのは新聞のデザイナーと言うか、新聞の設計図を作る人です。正直、大変でした。

記事の行数に合わせて見出しを付けたり、写真の大きさで調整したり、イライライライラします。記者の方が馬鹿楽ですよ。

私は証券マンだった訳ですので株の知識は新入社員よりは絶対に上です。早稲田大とか明治大、法政大、中央大卒の新入社員は経済部の記者からのスタートですが、私は東北学院大卒。それらの大学より二段階は下な訳です。

だから株の知識があっても整理記者からのスタートだったんですよ。中途入社でしたしね。まっ、同じ学院大卒の男は広告だったりするので文句は言えませんが矛盾を感じましたね。文章だって私の方が誰もが上だと言ってくれましたが、これがサラリーマンの辛さと言う奴でしょうか。

もっとも私が新聞社を辞めた数年後には会社更生法適用となり、某IT企業に買い取られ、230人の社員・パートで創られていた新聞が現在は数名で発行しているみたいです。もう笑うしかないです。

株価はタイムリーですからネットの時代の今、新聞では間に合いません。時代の流れと言う奴です。だから株の業界紙が新聞で一番最初に駄目になりました。

私は新聞販売店の息子だから新聞の時代が終わるのは確信していました。特にクイックな情報が勝負を左右する株の世界は、新聞では生きられないと思っていました。

株の業界紙が生き延びるにはネットでの証券会社化しかないと思っていましたが、あの当時、そんな事を言った私は笑われ者でした。

それがIT会社に買い取られ、新聞は残っているもののネットでの配信が主流となり、インターネットでの株式売買もやっているのですから笑うしかないです。

新聞会社の社長や記者なんてものは、金を払って読んでいる読者の事なんて全然考えていないし、判ってないのです。だから時代に取り残された。時代の流れに逆らって紙に固執した結果、会社が潰れた。原因があり結果があったと言う事ですね。

ネットの波に乗らなかったのだから当然なんですが、やろうと思えば生き残れた策は幾つもあった筈です。大変残念です。

まっ、諸行無常を知らなかったのですから仕方ありませんが、頭の固い人は生きては行けない時代になったと言う事です。時代に付いて来れないのなら、消えるしかない。当然と言えば当然ですね。

さて、愚痴を愚痴愚痴語っちゃいました。これからが本題です。

整理記者の仕事にカットの制作があります。このカットってご存知でしょうか。一言で言うとマークです。判りますかねぇー。

例えば朝日新聞一面の一番下に「天声人語」があります。この「天声人語」のマークがカットです。飾りや文字をデザインし、見やすくしたのがマークが「カット」なのです。

このカットですが、懲りすぎると馬鹿みたいなデザインとなります。今時の仮面ライダーみたいなチンドン屋風になっちゃいます。はっきり言ってダサイです。

良いデザインのカットはシンプルながらも個性がある奴です。初代仮面ライダーみたいなのながそう。やっぱりデザインはシンプルイズベストだと思いますね。

でもこれが中々難しい。考える時間にも限りがある。どうしたら良いのか。

私、正直者なので正直に言います。パクるんです。多くのデザインを。

現に東京五輪エンブレムをデザインした佐野研二郎氏も盗作を認めましたよね、サントリーの販促のトートバックのデザインを。自分ではなく同じ事務所の者が盗用したと言ってますが。

「あの程度はどこでもやっている」とは言いませんが、うーん、何と言ったら良いでしょうか、私もやっていました。多くののカットを。整理部長の勧めで。

でも私の場合、佐野氏グループの様にそっくりそのままパクったりしません。あれではバレて当然です。あんな手抜きパクり、私はしません。判らない様にパクるのがプロって言うもの。あんな仕事はクリエーター、デザイナーなんて寝言でも言えません。

パクリのマジシャンと言われた私が言えた義理ではありませんけど。

私の場合は、「おっ、これは中々いいな」と思ったデザインを複数ピックアップし、少しずつ良いデザインを重ね、そして劣る点を省きデザインします。ばれない様にです。

オリジナルで考えたりもしますが、あんまり良いデザインは思いつかないものです。やっぱりパクった方が良いデザインになります。こればっかりはしょうが無いです。大して才能が無いので。

東京五輪エンブレムのデザインはベルギーの劇場のロゴに似ている、盗作だと言われてますが、私は「あれは弁解出来ない」と思います。現にトートバックで盗作やっているなら、全てやっていたと取られても仕方ないです。弁解すべきではないと思います。あのデザインはキッパリ諦めた方が良いと思いますね。

ベルギーの劇場側も「あのデザインを使うならオリンピック期間中、一日に付き六百数十万円よこせ」とヤクザみたいな事を言って来てるし、こんなアヤが付いたデザインなんてドブに捨てるべきです。捨てす。捨て捨て。

まだ時間があるのだし、また新たに公募したら良いと思いますよ。その方が盛り上がりますし、今度はパクる人も出ないでしょうから(私はばれない様にパクって出しますけど)。

それにしても東京オリンピックはトラブル続きですわね。都知事は5000万円提供して貰ったのがばれて辞めちゃうし、国立競技場は金が掛かりすで白紙に戻したし、そして今回の盗作問題だし・・・・・。

それは兎も角、私、声を小にして言います。「東京オリンピックは止めた方が良いんじゃないですか」と。

大体、オリンピックって儲かりませんよ。それにオリンピックでこれまでも揉めてきたじゃないですか。反則したとか、採点が納得できないとか。オリンピック委員会も色々問題起こしている様だし。

オリンピックって或る意味、代理戦争です。紛争の元になります。馬鹿馬鹿しいです。それにオリンピックじゃないですが、2002年の日韓ワールドカップも最悪だったじゃないですか。どっかの国がヒステリー起こして。

もう問題は懲り懲り。清く東京オリンピックを無かった事にしませんか。真夏にオリンピックやったら先ず熱中症で倒れる人、死ぬ人出ると思います。オリンピックなんかより人の命の方が大事じゃないですか。

それでなくても東北は復興が遅れてます。私の家なんか震災で建物が大変な事になっているのに、人件費・材料費が高騰して直せないでいます。これ、オリンピックも一因です。はっきり言って東京オリンピックには迷惑しています、私。

どうでしょうか。私の為にオリンピック取り止めにして貰えませんかね。何でも口出す韓国とか中国に権利を譲ったら世界平和にも繫がると思いますよ。止めましょうよ、東京オリンピック。

東京は熱帯地方だからスポーツする所じゃないです。どうしてもやるのなら東北はどうでしょう。震災が酷かった福島、宮城、岩手を中心にして。

その方がお金も掛からないし、復興にも繫がるかも知れませんし。

あっ、そうだ。東北が駄目ならギリシャにオリンピックを回してやったらどうでしょうか。元々オリンピックはギリシャが発祥なんだし。全世界で援助してやったらギリシャも喜ぶだろうし。

もうヤケクソになっているから引き受けると思いますよ。もつとも今の時代、世界的にオリンピックやっている場合ではないと思いますけど。

 

ではでは。

 

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えっ、「神戸らんぷ亭」が全店閉店ですと!?

2015年08月14日 02時55分33秒 | ニュース

1993年末から1994年の5月まで、私は東京は飯田橋寄りの神保町で某タブロイド紙の編集・制作の仕事をしていた。創刊から廃刊までの半年間だった。

このタブロイド版は自分で言うのも何だが最低な新聞だった。ハッキリ言って新聞を経験しているのは私くらいなもの。他の連中は雑誌の編集経験者のみ。何のことは無い、雑誌編集の手法で新聞を創るのが売りの新聞だったのだ。編集者が創れば新聞もこれだけ読み易くなるとして。新聞なのに漫画雑誌みたいな感じで。

結果、地獄だった。私は雑誌の編集経験もあるが、毎日が締切日って絶対無理である。新聞の編集方針で無ければ。こんなことも判らない経営者はとてつもない馬鹿だと思う。

まっ、何だかんだで創刊から半年で35億円もすったのだから馬鹿なんでしょうけど、ここまでの馬鹿がカリスマ編集者から出版社を立ち上げ、ベストセラーを出したのだから世の中判らないものです。馬鹿じゃなければ出来ないと言う事も有るのでしょうけど。

このタブロイド紙での勤務時間は昼と夜の2交代制だったが、自宅に帰れる編集者は殆どいなかった。新聞の整理記者だった私なら簡単に出来たが、雑誌編集者上がりは新聞の創り方が判らない。だから出稿まで時間がかかり過ぎていた。殆ど狂乱寸前で仕事をしていた。

私は何とか帰宅出来たが、それでも夜の仕事は激務だった。なんたって午後9時出社で午後12時半帰宅である。ハッキリ言って死にますよ、これ。

12時半に会社を出て午後1時に食事。そして午後3時にアパートに着いて直ぐに就寝。そして午後7時に起床し、風呂に入り8時に家を出て9時に出版社到着と言うサイクルだった。つまり一日4時間しか寝ることが出来ないのである。もう頭に来た。

もっと頭に来たのはギャランデイ。時給で計算すると400円そこそこだったのである。

馬鹿馬鹿しい。もう辞めたい、もう辞めたい。早く辞めたい。馬鹿地獄だ。もう限界。もう駄目だぁーと思いながら半年間勤務した。そして半年でやっと廃刊となってくれた。廃刊にならなければ私が廃人になるところだった。

もう本当に潰れてくれて良かった。自分が編集に関わっていたが、こんなに廃刊になって良かったと思った事は無い。私は助かったのだ。勝ったのだ。あっははははははははっ、はぁーあ(大泣き)。

この半年間、私の楽しみは仕事終わりの食事だけだ。豪華に行こうと言う日は「いもや(神保町・飯田橋にとんかつ店、てんぷら店が数店ありました)」のとんかつ定食とてんぷら定食。でも、睡眠不足で食欲が湧かない。全部食べられない。とんこつラーメン店もあったが体が疲労で受け付けなくなっていた。そこで殆ど毎日食べてたのが「神戸らんぷ亭」の牛丼と鮭定食です。

地獄の半年間のオアシスが「神戸らんぷ亭」。そこで私一人、何時も一人で人生を悲観して食べていた牛丼と鮭定食。大変美味しゅうございました(涙)。

ハッキリ言います。牛丼も鮭定食も「神戸らんぷ亭」が一番美味しいです。これ、絶対に間違い無しです。らんぷ亭で食べたら他の牛丼チェーンでなんか馬鹿馬鹿しくて食べれません。本当に美味しかったです。

先ず、牛丼は牛肉が多い。他のチェーンの1.5倍位ある。勿論、並での話。しかも味がしっかりしている。間違いない。間違いなく美味しい。

鮭定食も焼き鮭が大きい。他のチェーンとは比べられないくらいに。それでいて他のチェーンよりも10円安い。牛丼も10円安くてお肉たっぷり。美味しい、美味しい。

仙台に戻って来たが、仙台には「神戸らんぷ亭」が無い。故に私は仙台に戻り20年近いが、牛丼は他のチェーンで4回程しか食べていない。それだけ味に差がある。本当に「神戸らんぷ亭」の牛丼は美味しかったのである。

その「神戸らんぷ亭」が全店閉店し、ラーメン屋になると言う。何か私の青春の店が閉店する感じで寂しいです。

らんぷ亭はダイエーが経営していたのですが、ダイエー同様どこかに吸収されて、こんな日が来るのではないかと思ってはいました。

らんぷ亭の牛丼も鮭定食も他の牛丼チェーンよりもコストがかかっていたのだと思います。私は他の牛丼よりも1.5倍高くても「神戸らんぷ亭」の方が絶対良いと思うのですが、そうはいかなかったのでしょうね。

旨くても商売は上手くいかない。ホント商売は難しい。

私の人生も閉店しているようなもんですが、どうしたらよいでしょうね。そろそろ再開したいと思っているのですが、「神戸らんぷ亭」でさえ閉店してしまう時代に生きていく自信がなくなっちゃいました。

あーあっ、人生は難しいですねぇー。出来ればもう一度らんぷ亭の牛丼が食べたかったですね。

さようなら、私の青春の「神戸らんぷ亭」。有難う「神戸らんぷ亭」。美味しかったよ。

 

ではでは。

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本当に龍が見えるのか、再び考えてみた。その6

2015年08月13日 04時32分42秒 | 神道

続きです。総括に入ります。

龍とは一体何なのか。元々はインドのコブラ信仰が仏教と共に中国に伝わった訳ですが、中国にはコブラはいない。コブラは通常の蛇ではない。頭部が団扇の様に広がる。そして鎌首をどんな状態でも上げられる。だから中国では蛇とはせず竜とした。つまり竜は蛇の仲間ではあるがそれを超える存在。

また、竜の交尾は一旦小型化し蛇になって行うとされる。それは竜は蛇だったが進化したと言える。

進化は神格化となる。ナーガ・ナーギ、フッキ・ジョカがその姿。たから空海は人頭蛇尾の蛇神を龍神として描いたと思います。

では何故日本に龍が入って来て、これほどまでに信仰を集めたのか。

日本には得体の知れない神がいた。その神の名は「辰」。否、「辰」は中国語だから「タツ」の方が正しい。この「タツ」とは一体何なのか。

「タツ」に似た神獣で「蜃」がいます。蜃気楼の「蜃」です。蜃気楼は密度の異なる大気の中で光が屈折し、物や風景が浮き上がって見える状態を言います。

昔はこの「蜃」の正体は大蛤とされ、その大蛤が貝を開き気を発生させ砂漠にオアシス等々の幻覚を見せるとされていました。それが蜃気楼です。

「タツ」は土から立ち上がるエネルギーと申しましょうか、気体、否、気なのでしようか。

土から草木が生まれ育ちますが、草木が「タツ」であると言えば間違いではありません。草木は土からのエネルギーによって空に向かって育ちます。土から、地下から生まれ昇っていく存在が「タツ」です。

竜巻も虹も地下(水辺の場合も・・・)から上に向かって立ち上がります。故にそれらも「タツ」と言えます。

だから「タツ」を見た人はいません。エネルギー、或いは気なのですから。

強いて言えば冬眠から覚めた蛇は土から這い出てくる。故に蛇は「タツ」同様、土から産まれると思われていた。だから「タツ」の姿は見えないが、蛇に似ていると考えられた。そして「タツ」は蛇神信仰に結びついたと考えられます。

以前話をしましたが、平泉に十二支の社がありました。私は辰年生まれなので辰の社に向かった。その社に彫られていたものは「タツノオトシゴ」でした。この社を造った方は龍を彫らなかった。それは龍は辰ではないからです。かと言って巳年があるから蛇を彫る訳にはいかない。草木では干支にならない。

「タツ」は気でありエネルギー体だから姿がない。仕方なく「タツノオトシゴ」を彫ったのだと私は思います。

「タツ」は「立つ、建つ、絶つ、経つ、発つ、断つ、起つ、達・・・・」等々、多くの意味合いがあります。「タツ」の文化は日本の文化と言えます。それでは「タツ」と「神道」はどう繋がるのか。

「神道」は1500年代、イエズス会の外国人が日本の宗教に対して名付けた宗教名です。「シントウ」は日本語じゃなく外国語なのです。

日本には仏教の他に把握が難しい宗教の様なものがあるが、その宗教の様なものには名前がない。それでイエズス会の者が「シントウ」と名付けたのです。

その「シントウ」が「神道」として日本に生まれたのは昭和12年。神祇史とする日本の宗教についての大学の授業が、神道史として改められたのが最初です(剣術の神道流は既にありましたけど・・・・)。

神道は神祇だった訳ですが、この神祇、今でこそ「シンギ」と読んでいますが、その昔は何と読んでいたのかお判りでしょうか。何と「神祇」と書いて「タツ」と呼んでいたんです。これはどう言う事でしょうか。

私、神道は宗教では無いと考えます。決まった商標が無かったのですから。否、無くても良かったのです。神道は日本人の生きる道、日本人の生活そのものでしたので。

つまり何か心配事や問題が発生したら、自分の親に相談する如く神社を通して祭神に相談していた。頼み事をしていた。日々の生活を感謝していた。それが日本人の生活。神社は生活の一部。だから宗教的な感覚が無かったと私は考えます。

そして「神祇」を「タツ」と読んでいた。それは「日本の神=タツ」。日本の神は目に見えない存在。神は感じる事のみ。それが神道だと私は思います(上手く説明出来ませんけど・・・)。

そして龍は「タツ」と結びついた。「タツ」は見えない。日本の龍神は「タツ」。だから見る事は出来ない。日本の神々も見る事は出来ない。それが今の所の私の考えです。

それだけではなく龍神信仰は「タツ」は見えない故、指標が欲しかった。

更には「神道の蛇より仏教の龍の方が上」とする仏教側の優位性を示すのが目的もあったと思われます。

更に更には龍となった男、そしてその龍神の国と戦う為に日本側も龍を神道に宿したことが日本の龍神信仰に繋がっています。この件は機会がありましたらタイトルを変えて話したいと思います。

以上、龍に関して述べさせて貰いました。正直、私の本名は龍に追する名前ですし、死んだ従兄弟の名前も龍です。本当は龍神は九似の龍神の姿であって欲しかったと心のどこかでは思っています。でも、やはり真実が知りたい。これまでの話は私の現時点の真実を追究した考えであります。

しかし、人生は諸行無常。同じ事は続きません。もしかしたら何時の日か「私は龍を見た。私には龍神が付いている。私が龍神である。皆の者、跪け」と言うかも知れません。

その時はまたこのブログで発表します。多分、精神病院の鉄格子の部屋でパソコンを叩いての書き込みになるでしょうけど。

 

ではでは。

 

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