諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

眼鏡レンズはガラスかプラスチックか。その1

2016年03月15日 12時39分08秒 | アイテム

今、眼鏡を新調しようと思ってます。それで悩んでいるのです。レンズをガラスにするかプラスチックにするかで。

それまでは古い初期の999.9コンビネーションフレーム・S-211T(透明)に、屈折率1.74の非球面レンズを入れて使用していました。初めてのプラスチックレンズです。レンズ幅が49ミリですから余りレンズの厚みも目立たずガラスに比べて軽い、軽い。似合う似合わないは別として大変気に入ってました。

しかしです。レンズが限界です。キズだらけでコーティングも剝がれてきた。もう限界。買い替えねばと思っていたんです。

眼鏡フレームは売るほど持ってます。全てヤフオクで落札したヤツです。どれにレンズを入れようか悩んでいたのです。

結構パソコンを使っているので今度の眼鏡はPCレンズを入れよう。カラーにしてみよう。薄いヤツで。グリーンがいいかブラウンか、それともグレーかとも悩む。悩む悩む。

本を読む時、私は眼鏡を外して読みます。老眼なんでしょうね、目がフォーカスしてくれんのです。プラスチックレンズの今の999.9にしてから急速に老眼が進行しました。

近眼で老眼。自分でも何だか判らないですが、老眼鏡の必要はないです。でも裸眼でかなり近づけないと本は読めません。老眼だと近くは見えないのですが、ド近眼なんで見えるんです。でも目のフォーカス機能は衰えた。歳は取りたくないですねホントに。

あーあっと思い、何気なく昔使用していた999.9・S-11Tを取り出してみました。これは屈折率1.81のガラスレンズでかなり度を弱く作りました。私は度が強いと目が回るので弱めのヤツを作っていたのです。

でもこれは余り使用せず、しっかりと0.7以上見えるソリッドブルーS-25を使用。そしてそれを踏んぶっちゃってフレームは使用不能。それで非球面で屈折率1.74のプラスチックレンズを入れた999.9・S-211Tにしたんです。

さて弱いガラスレンズを入れた999.9・S-11Tをかけてみました。うーん、透明度が素晴らしい。やっぱりガラスは綺麗に見える。でもやっぱり度が弱い。そして少し重い。これじゃ夜にクルマを運転するには危険だなと思いながら本を読んでみたのです。

そしたら、あれれ、何だコリャ。本が読めるでないの。ちゃんと目がフォーカスするでないの。何なんだよ、これ。

プラスチックレンズのS-211Tに掛けなおしたら、やっぱりフォーカスしない。そしてまたガラスレンズのS-11Tを掛けてみる。やっぱりちゃんとフォーカスする。なんだこりゃ。私、もしかしたら老眼じゃないんでないの。

うわぁー、今までの生活は何だったんだ。これならあんなに本を近づけなくても本が読めたでないの。なんなんだよ、これ。あんなに苦労して本を読んでいたのに・・・・・・・・・。

そう言えばちゃんと0.7以上の視力が得られるガラスレンズを入れたソリッドブルーS-25もちゃんと目はフォーカスしていた。っと言う事はプラスチックレンズだからフォーカスしないのか。こんな事があるなんて全然知らなかった。34年も眼鏡を掛けてきたのに・・・・・・・・。

 

続く。

 

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道路に塗装された水色の矢印。これで自転車の逆走も減るはず。

2016年03月14日 13時59分31秒 | 出来事

先日、我が愛車・ヤマハタウンメイトT90で宮町通りを通行しました。○○が出る仙台東照宮前の踏み切りを渡り、仙台駅前へ向かう為です。

そしたら水色の弓矢の羽の形をした矢印が道路の端に幾十にも塗装しているではありませんか。私は「やっと国土交通省が重い腰を上げてくれたか」と思いましたわ。

あっーこれで少しは交通マナーを守って貰える。あっー良かった、

これは仙台だけかも知れませんが、道路を逆走する自転車が信じられない程多いのです。私がバイクで道路の端を走っていると、反対側から自転車が走ってくる。当然ぶつかります。こんな事も判らない知的水準の低い人間が、仙台には信じられないほど多いんです。

私は幼稚園の時から自転車に乗ってました。中学から高校までの6年間は自転車通学でこの宮町通りを通行していましたが、当時は逆走する自転車は皆無です。当然です。馬鹿でもぶつかる事は判りますので。

それから十数年後、仙台に戻って来て驚きました。自転車で逆走している人が余りにも多いのに。馬鹿でも判ると思うのですが、馬鹿以上の馬鹿が出現していた。これには知能指数の低さで定評のある私も流石に驚きましたわ。何でこんな事も判らない馬鹿が異常発生しているのかを。

もしかしたらこれ、ゆとり教育の弊害と言うヤツですかね。

否、違うか。東京や浦安には道路を逆走する自転車なんか見た事無い。これはやっぱり仙台に限っての事。どうしちゃったんだ仙台は。

何でなのでしょうね、これ。うーん、自分の事しか考えない仙台人の気質がそうさせるのか。否、昔はそんな奴はいなかった。っと言う事は仙台人が幼稚化したと言う事か。

実際、逆走自転車は30代の人が中心と見受けられます。私の年代の人は逆走していない。不思議な事に子供も逆走していない。やはり30代の人間に集中している。うーん、やはりゆとり教育しか考えられん。仙台の日教組がここまで常識が判らない人間を創ったと言う事なんでしょうか。ホント嘆かわしいです。

でもこれで自転車逆走は流石に無くなるでしょうね。現に水色の矢印が塗装されて以来、逆走の自転車を見ていません。これで安全にバイクで走れます。本当に良かった。

それにしても逆走を防ぐ為に、仙台だけこんな水色の矢印を道路に塗装していたとしたら、仙台人ってどんだけって思われても仕方ないです。ちゃんとモラルも勉強して貰いたいです。こんな常識が判らないようでは中国人に笑われますよ。まったくもう。

 

ではでは。

 

 

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東日本大震災から5年。その2

2016年03月13日 23時18分22秒 | 東日本大震災

続きです。

長々と将来の不安と言うか、愚痴を書いちゃいました。間違った方向に動いている気がして。

復興とか言いながら高さ10メートル、15メートルの防潮堤を造ったって、それで防げる確証がないですよ。日本には過去に最大で高さ80メートルの津波が来ているんですから。

3.11東日本大震災では、福島第一原発付近の富岡町にとどいた津波の高さの22.1メートルが最大とされていますが、三陸の大船渡では津波が三角波となり40メートルの高さだったと言われてます。10メートル程度の防潮提では不十分。全然足りない。せめて30メートルの高さが欲しいところです。それでも避難すべきですけど。

嵩上げ工事を釈迦力になってやってますが、それだって正直、それが本当に役に立つのかも不明。

陸前高田市では最大12メートルの嵩上げ工事をしているそうですが、一世帯あたり5000万円掛けての工事です。津浪が来なくても人口が大幅に減る事が予想されていた土地に、そんな必要性があるのでしょうか。どう考えたって高台移転で十分だと思います。12メートルで十分なのかも判らないのですから。

ただ単に金を無駄に使っているだけ。実際、過去に津浪対応で造られた世界最大級の10メートルの高さを誇る田老町の防潮堤も超えられています。この防潮堤で安心しきっていた住人は逃げずに亡くなっています。防潮堤が有ったから亡くなったのです。今造られている防潮堤で安心してまたまた逃げずに亡くなる人が出る可能性も十分に考えられます。私は殆ど意味が無いのではないかと思いますね。

まっ、お金を無駄に使って東北にお金が落ちて潤う人が出るのであればそれも良しなのでしょうけど、それだったら震災にあった地域の税金を一時的に免除していただいた方が復興に役に立ちます。その方が有り難いですよ私は。

それでも震災地を支援してくれている人達がいた事。未だにボランティアに来てくれている人達がいた事には有り難いですね。

その反面、心無い罵声を浴びせる人がいる事も事実です。震災にあって得している。津波が来るのなんて判らないのに裁判で慰謝料を分捕ろうとしている。東北なんて熊襲だ。日本人じゃないのにと言っている人までいました。

東北は縄文人の遺伝子が75パーセントの地です。他の地は弥生人の遺伝子が65パーセントなのです。つまり朝鮮から渡って来た人間が元々日本に住んでいたものに対し熊襲だ。日本人じゃないと言ってたのです。

これは私の人生観なのですが、相手を非難すると自分に戻ってくるケースが私の人生に多々見られます。私は心配しています。東北を非難した人達を。ズバリ東京を。そして関東を。

3.11。私は二度目の宮城県沖地震だと思ってました。仙台に限定していた地震だと思っていました。

私は携帯電話を持ってません。停電していた4~5日間はラジオからの情報しか得られませんでした。つまり何が起きているか判らなかった。津浪が来たとラジオが伝えても防波堤を少々超えた程度だと思ってました。

そして次の日、荒浜に数百名の遺体が流されていると伝えていましたが、正直ピンと来ませんでした。事実と信じられなかったのです。

そして電気が繋がりテレビを見た。やっと状況が飲み込めました。これは宮城県沖地震ではなかった。そんなレベルではなかった。私はここまで予想してなかった。ここまで酷くなっていたとは。

私は次ぎも来ると思っています。割と近々に。今度は鹿島当たり。勿論、仙台にも同規模の地震が来る。そして関東は3.11以上になる。その時、東北を非難した人は自分の誤りに気が付くと思います。

誰もが負を避けられない。それが判る日が必ず来る。その時、必ず後悔する。そう思います。

最後に私は福島県いわき市産まれ。現在は仙台市在住。そして足かけ8年間東京で働き、千葉県浦安市に住んでました。つまり人生をどう選択しても地震の影響を受けていた。東京で働き続けても、いわき市から離れなくても、そして今現在も。

宮城県沖地震と東日本大震災の二つの震災を経験した。最初の宮城県沖地震の体験を3.11に十分に生かせなかった。大失敗した。そして二度あることは三度有る。また必ず来る。疑いの余地が無い。次は必ず備えたい。

そしてこの次は貴方も経験するかも知れません。最悪、大津浪を。

楽天的に考えていた人は命を亡くした。貴方は今後どのように生きていくのか。善行をしても生きられない。何に頼って良いか判らない事態が必ず来る。その様にシュミレーションして必ず来る震災に備える必要があると私は考えています。

そう考えないと今度は命が危ないような気がしてならないです。

 

ではでは。

 

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東日本大震災から5年。その1

2016年03月12日 17時26分10秒 | 東日本大震災

昨日の3月11日で東日本大震災から震災から5年が経ちましたね。本当は昨日書こうと思ったのですが、何を書いていいか思い浮かばなかったのです。何も進んでいないような気がして。

正直言いまして私は復興を怠けています。ハッキリ言って恥ずかしい。頑張っている人に対し後ろめたい。自分が情けない。そんな私が何だかんだ言う資格があるのか。そう考えると何も書けなかった。それが書かなかった真相です。

今の時代商売は難しい。とんでもない格差社会になっているので。正社員の生涯賃金は1億5千万円、契約社員で5000万円と言われてますが、仙台ではもっと低い筈。それなのに携帯電話は皆持っている。そうなると外食する者少なくなるだろうし、出来るだけ何も買わないで生きるしかないと思います。チョットの贅沢も許さない時代となっている。この時代を仙台で生きるのは至難の業です。商売を立て直して再開する自信が無いのです。

甘えているのは判っています。でも下手に動いては失敗します。もう失敗が許されない歳になっていますし、怖くてしょうがないのです商売が。

秘密の商売なので詳しくは書けませんが、長年商売して来て客が来ると嫌な気分になっていたのです。客と会話したくないので。やはり原因は私の顔だと思います。話しかけられやすい顔なんだと思います。それが商売のメリットでもありデメリットでもある。私の場合、デメリットが辛くなってきている。

商売を諦めて店舗を賃貸に出した方がいいかも知れない。そうすると妹、弟から責められるし、全部ほっぽりだして東京に戻りたいとも思いますが、もうそんな歳でもない。編集や記者の仕事に戻れるのかも判らない。うーん、八方塞ですわ。どうしたら良いのだろう。

既に仙台の復興バブルは下火になってます。復興関係の仕事は好調のようですが、実際は搾取に搾取が続いて末端の労働者の賃金は低い。これでは家も買えないし、新車にも乗れない。景気なんて良くなる訳が無い。どう考えても日本の将来は暗いとしか思えない。どうしたら良いのでしょー。ホント判らなくなりましたわぁー。

私の商売、30年近く前は医者より儲かっていました。しかし今は最盛期に比べ店は5分の1以下に減っている。否、10分の1以下か。大手でさえ前年比40%の減益。これでどうやって運営したら良いのか。うーん、悩む。

不動産賃貸業は震災で好調に転じたが、借主の収入はまだまだ減っていく筈。何れは賃貸料もまた下落する。

アベノミクスなんて前々から言ってましたが、消費税の駆け込み需要が牽引していただけです。来年10%に上げたら完全に終了。否、既に織り込み済み。大不況は確実。それでどうやれと言うのだろう。本当に消費税上げるつもりなのだろうか。

明るい話題が無い訳ではない。一番は中国が駄目になった事。中国に回っていた金が日本に戻って来る。中国の賃金が上がったら中国で生産する意味は無い。ある程度は日本に返ってくる。ガソリン代も安くなった。それは良かったと思う。

でもそれだけでは駄目。所得税を増税して固定資産税を減税しないと景気は良くならない。必要経費を認めてお金を使わせなければ景気なんて良くなる筈は無い。大手企業だけが好況になってもその他9割りは更に使わなくなる。これだけ格差が広がっては馬鹿馬鹿しくて金なんて使えない。生活保護が羨ましくなるような時代になるのは目に見えている。ホントどうするのだろう。

 

続く。

 

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姓名判断での痛恨。

2016年03月08日 14時35分40秒 | 占い

またまた占いのカテゴリーで話をします。私の痛恨の出来事をです。

当時の私は29歳。建設関係の業界紙で記者なんぞをやっておりやした。その頃には既に私の姓名判断は結構完成しつつありました。画数よりも文字の本来の意味を重視した姓名判断をです。街角の占い師よりまともなアドバイスくらいは出来ると思っていました。

っとは言っても私の姓名判断は救いが無いのですよ。根が正直な性質なもんで。

例えば「清水さんは不幸の代名詞の苗字」と清水さんに向かって平気でではないのですが、フォーローは出来ないのでそのまま言ったりとか。

実際、二人の女性の清水さんに「結婚は難しいです。結婚出来ても良くて離婚、悪くて死別です」とか、すまない、すまないと思いながら語りもしました。大変残念ながら私の占いは当たってしまい、二人の清水さんは共に現在独身です。既に50歳代に突入しちゃっています。

そう言う私も独身。やっぱり水に関わる姓は皆流れやすいのです。結婚も成功も人生も。そして命も。

建設業界紙は女の子の記者が結構多くいまして、私が姓名判断が出来ると言う事で嬉々として占ってと言われ全員の運勢を見ました。結果、全員悪い名前でした。

うーん、困りました。どうしたら良いだろう。そのまま言っちゃおうか。いゃーやっぱり正直に言った方が本人の為だ。私なら正直に本当の事を言って欲しい。皆もそうだろう。

そう決意してバッサリと言っちゃいました。結果、「当たっている」とは言われましたが、皆にシンミリとされちゃいましたね。

例えは「親が若くして亡くなっている」、「家族が仲が悪い」、「浪費癖がある」、「仕事運が悪い」等々言っちゃいました。酷だと思いながら・・・・・・・。

その業界紙ですが、一年で休刊しちゃいましたので全員が解雇となりました。当たっちゃいました。

先生を辞めて記者になった女の子に対しても「何をやっても駄目」と言ったら、「女子高の先生をしていたが、生徒にハサミを投げ付けられたのを機に辞めた」と申しました。酷く落ちんでいましたわ。

 また父親が化粧品の業界紙を経営していた当時33歳の女性記者に対しても「家庭運が悪い。結婚しても上手くいかない」と言ったら、「父親が若くして亡くなり負債を抱え、年下の旦那とも家庭内別居だ」と申しました。やっちゃいましたわ。

流石に私もここまで不幸な人達だったのかと驚いちゃいまして、「40歳以降は平穏な生活になるだろう」と大噓をついたり、「所詮占いだから、当たるも八卦、当たらぬも八卦。気にしないで。名前を変えたら運気も向上するから・・・・・」等々、差し障りの無い様にフォローに務めました。「結婚したら姓も変わるから大丈夫ですよぉー・・・・・・」とか言ったりして。

やっぱり不吉な事を言うのは辛いです。幸せに成るようにアドバイスしたい。でも姓名判断はクイックに運気が判る。フォロー出来ないのです。「名前を変えろ」としかアドバイス出来ない。それが大変辛いですね。

中でも凄まじく名前が悪い女の子がいました。当時27歳で新婚です。実家は名古屋の大地主。大変な資産家です。数年後は夫を連れて実家に帰ると申しておりました。

この女性はバリバリのキャリアウーマンと言った感じです。何時もキュロットスカートを履いてました。ボーイッシュで元気でハキハキしてます。カッコいい女性でした。

この女性は0画が二つありました。他の画数も凶数だらけです。一度は成功しても全てゼロに戻る。命の危険も有る。かなりの凶名です。これは不味いと思いましたわ。

私は熟考して「占いなんてこんなもの信じちゃ駄目。解散!!」と言い放ち席を立ちましたら、私の腕を掴みます。そして「悪くても良いので正直に言って」と言うのです。

この女性の姓は旦那の姓ではなく本姓です。旦那は名古屋に帰ったら婿に入る。だから本姓のままだったのです。

男が婿に入る。これは大凶です。男の祖先が怒り心頭となり霊障を起こします。甘い考えで婿入りしちゃ駄目です。平に平に男の先祖に平謝りして許しを請うても中々許されない。先祖を敵に回す行為なのです。これは更に条件が悪くなります。こりゃ参った。

私は「婿入りは不味い。旦那の家に入るべきだよ。何とかならないの?」と聞きます。

彼女は「家の資産は私が継ぐし、夫もそれを望んでいるの。全然問題ないんです」とのたまいました。そう言う意味じゃないのに。

私はまたまた熟考してふざけてスマイルで「達者でな!!」と言い放ち席を立とうとしましたが、またまた腕を掴まれます。「正直に言って欲しい」。キリッとした表情で懇願されます。私は正直に話し始めました。

「画数か全部凶数。特に大凶の0画が二つもある。これは不味い。必ず幸せを掴むがそれは一瞬でしかない。無に返ってしまう。周りの人にも負を与えてしまう。私だったら早急に改名する。旦那が婿入りするのも不味い。旦那の祖先を怒らせている。先祖の助けが得られない。何とか婿入りは止められないの」。

彼女は思案にくれています。私は改名しろ、婿入りは止めよとしか言えません。それしか言えんのです。彼女が決断しなければ解決できないのです。

彼女は神妙な表情をしています。私は「姓名判断は統計学でもあるが所詮占い。外れる場合もしょっちゅうある。そんなに気にしなくても良いんじゃないの」と慰めるしか無かったです。

その数ヶ月後、彼女は何と妊娠しました。大変喜んでいました。私は「来たぁー。これは不味い事になるかも」と思いました。

彼女は出産ギリギリまで働く意向です。私は「早く退職して安静にすべきだ。お金に困っている訳ではないのだし・・・」とは思いましたが、流石にそんな事は言えません。大丈夫かなぁーと思うだけでした。

そして大変残念ながら彼女は流産と相成り、そのショックで母親に連れられ退職。実家の名古屋に帰って行きました。私は彼女を占ったの後悔しました。プレッシャーを掛けたかも知れない。知らなかった方が良い部分が少なからず有ったと思いますので。

0画は全てを無にする画数です。無は有を生みまた無に戻す。そして身近の者へも影響を及ぼす。故に私はお腹の子供が心配でした。

所詮、姓名判断は占いです。絶対当たる訳ではない。でも指標にはなると思うのです。でも信じないのであればどうしようもない。これはもうどうしようも無いです。これが占いの限界です。信じる信じないはその人の考えですから。

私は面と向かって人を占うのは辛いので止めています。占って恨まれる事も有りますし、本来、占いは神の命により眷属がする仕事ではないかと思うのです。

人を占って眷属にも恨まれる。これは不味い事の様に思えます。だから自分の人生を考慮して面と向かっては占いません。占いは気軽に出来るものではない。神妙な心持で望む。更には神や眷属に許しを請うて臨むべきだと思います。

まぁーこれは、私の考えでしかありませんけど・・・・・・・。

 

ではでは。

 

 

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