諸行無常なる日々。或いは鬼渡神と神々の源流。

呪われた家系を生きる私の人生観や日常。それに立ち向かう為の神道的な考え。そして因縁の鬼渡神、神々の源流について考えます。

消えた賃貸人が見つかった。

2016年11月24日 08時22分42秒 | 不動産賃貸業

2週間とチョット前、「やっぱり賃借人が行方不明になった」と題して記事を書きましたが、今回はその続きです。やっと見つかり解決しました。あーっ良かった。

「8月いっぱいで出ます」と言っていたら「9月いっぱいに」延長。そして10月1日に部屋に確認に行ったら鍵は掛かっておらず荷物やゴミがそのそのままだった。

それで本人に電話したら「10月いっぱい」にまたまた延長。そんでまた11月1日に確認に行ったら、まだ荷物が置いてある。本人に電話しても出ない。しょうがなく連帯保証人の秋田の親に電話したら、「探してみます」と返答。更に1週間後に親から電話があって「何とかします」と。そして20日日曜日、本人と父親がやってきて無事に荷物が撤去と相成りました。メデタシ、メデタシ。

っと言いたいところですが、10月は転勤シーズンです。実は2社の不動産屋から「入居者を連れてくる」との電話があったのです。しょうがありません。訳を言って断っちゃいました。全く、もうっ。

震災以降、その物件は駐車場も安く借りられるし、バス停やコンビニも近い。そして地下鉄へも何とか徒歩圏と言う事で人気になって来ていたのです。だから10月中に決めたかった。

これから部屋をクリーニングしていたら、募集開始は12月になっちゃいます。もう転勤シーズンには間に合わない。次のシーズンである来年4月にかけるしかない。これは困った。何て事してくれたんだよ、まったくもう。

本人としては残して行った荷物などいらないと思っていのでしょうけど、ベッドとか棚なんてこっちも要らないし、捨てるにしても運び出すのが大変。勝手に捨てる訳にも行かないし本当に困ります。何て無責任なんでしょ。

それに何故か壁紙も剥がれているし、色々修繕する箇所がありそう。これらは請求する訳にも行かないし、こっちの持ち出しも結構な金額になりそうです。ホントにもうっ。

20日に来たのは本人と父親。父親は秋田からハタハタの形をしたバナナ風味のモナカを土産に持って来て二人で引越し。6時間くらいかかってやっと終了。しかし鍵は持って来ておらず。

それから一旦帰って3時間後に鍵を持って来た。っと言う事は秋田に帰った訳ではなく、まだ仙台にいる。多分、同棲しているか、住み込みで働いているのでしょう。それならいくらでも時間はあったのだから、ちゃんと対応してくれれば良いものを。

今までの経験で言うと男性を入居させた場合、夫婦者以外は大抵トラブルを起こしています。近年は5名ほど精神病を患っているとしか思えない男性を入居させてしまい、本当に苦労しました。

少なからず仙台には人を狂わせる波動がある。そして震災で更にその波動が悪影響を及ぼしているのではないか。どうしてもそんな風に思っちゃいます。

今回の消えた賃借人の場合は親が公務員でしっかりしていたから解決はしましたが、ますます人の心は歪んで行く方向に向かっているのではないかと思います。

これは「ゆとり教育」も少なからず影響がある。そして格差社会も。そして更に更に悪くなる方向に向かって行くと思えますね。

不動産賃貸業とはこの様に人に何度も裏切られ、心が軋んで行く商売です。不動産屋にも騙されるし、お人良しでは出来ない時代に突入している。心に鬼を宿さなくては出来なくなっているのかも知れんです。

これはどんな商売にも言えると思いますけど。

 

ではでは。

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クルマに続いてバイクも修理。

2016年11月23日 08時02分57秒 | 出来事

先日、オーバーヒートしたアトレーを自動車修理屋に持って行きました。アトレーは短距離ならエンジンはオーバーヒートしません。20~30分走るとオーバーヒートしてラジエターのクーラント液が沸騰。こうなると暫くはエンジンを止めて冷めるのを待つしかない。

修理業者はエンジンが焼き切れていると言ってましたが、調べてみなければ判らない。ラジエターかウォーターポンプを交換すれば直る可能性がある。その微かな期待を込めて持っていったのです。

そして21日、修理屋から電話。「ダメでした」と。「ラジエターのキャップを交換したりしたけどダメでした。近場なら動かして大丈夫だけど」と言って。

私もラジエターキャップを交換してダメだったのに、それを繰り返してもダメに決まっているでしょ。でもこれで諦めが付きました。

私は「それでは諦めるしかないですね。費用はおいくらですか」と。直らなくても調べてくれたので料金は払わねばなりません。ラジエターキャップを交換しただけでも。

修理屋は「それでは5000円で」と言ってきました。納得するしかないです。これからもお付き合いしていかなければならないので。

実は連絡が入る前日の20日曜日、バイクに乗ろうとしたら空気が抜けていました。空気入れを探したが無い。しょうがなく親父のクルマでホームセンターへ空気入れを買いに。

そして試したら空気が入って行く。「おっ、ただの空気漏れか。良かった」と思いバイクをスタートさせたら、段々と空気が漏れている。ダメだこりゃ。パンクだ。困った。

今までパンク修理は親父と私でやっていましたが、親父も歳だし、私のバイクはビジネスタイプなのでタイヤの厚みが有り硬く、中々入れ替えるのが大変なのです。

一番近い大き目のバイク屋に電話すると1000円ちょっとで直せると言います。あれっ、思ったより安い。このバイク屋の修理代は高いと聞いていたのだが。

それなら「タイヤとチューブは持っているので、パンク修理せずそれを交換したらおいくらですか」と尋ねると3000円チョットと答えます。

私は瞬時に「パンク修理とタイヤ・チューブの交換はパンク修理の方が大変なのに何で高いのだろ。だったらタイヤは5000キロ近くは持つだろうから、パンク修理にするか。でも一応タイヤとチューブは持っていこう。タイヤが減るとパンクがしやすくなる。どっち道3000円掛かるのであれば、今交換しても良いだろう」と考え、パンクしたバイクを引いてバイク屋に行きました。エライ大変でしたわ。

バイクを見せたところバイク屋は「タイヤは交換した方が良いですね」と。やっぱりそう来たか。でも私の持って来たタイヤは少々サイドが潰れている。それでも大丈夫と聞いたら、「中にチューブを入れるから大丈夫ですよ」と。

それならとタイヤ・チューブ交換で頼み、修理には立て込んでいるので3時間後と言われ、あま歩いて帰りました。

そして2時間後、バイク屋から電話が。「タイヤが硬過ぎてチューブが入らない。無理に入れようとするとチューブを傷付ける可能性がある。そこで当店にも同じサイズのタイヤがある。アジア製無名のメーカーだか、全然問題ないです。これに交換していいですか」と。

ほら来た。私は甘い顔をしている。この男なら騙せると多くの人が思っちゃうのです。

そのタイヤは荷重に耐えるビジネスバイク用なのでゴムに厚みがあるから硬い。だから入れるのが大変。だから業者に任せようと思ったのに、業者も出来ないと言うなんて。

私は「そのタイヤで交換するといくらかかります?」と質問。

バイク屋は「9000円近くになります」と。

やっぱりそう来たか。そうなる可能性も想定していましたよ。伊達に人に騙される人生を歩んでいませんから。

私は「実はタイヤはいっぱい持っています。新聞屋をやっていたので。それを持って行きますから2~3日待っててください」と。

バイク屋も次の日は休業日なので了解するしかないです。それも想定済みです。

それから私はヤフオクを検索。うーん、オークション終了までに時間がかかる。ダメだ。

それではとアマゾンで探します。そしたら送料税込みで2200円のダンロップのタイヤがある。このタイヤは柔らかめです。定価は6700円。それが込み込み2200円。すぐにポチリ。到着は23日の予定。

バイク屋も商売です。自分のところのタイヤを売りたいのでしょう。でもダンロップのタイヤが送料入れて2200円なら、無名のタイヤは1000円前後で仕入れる筈です。

現に新聞販売店時代、新聞本社を通じてバイクの国産タイヤを800円程度で買っていたのです。騙されませんよ私は。

まっ、私の様に疑い深い人間なのも問題ですが、世の中は本音と建前。騙せると思ったら騙す。困っているところを突く。それが不況期での商売の鉄則です。騙されるのが悪い。そう思って商売している。そう考えていた方が良いと思います。

消費者は騙されない知識が必要です。だからと言って私みたいにヤフオクでばかりで買い物するのも問題では有りますが。

 

ではでは。

 

 

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仙台に又も震度4、福島では震度5弱キター。

2016年11月22日 10時55分43秒 | 東日本大震災

今日、午前6時丁度頃に飛び起きました。地震です。結構、否、かなり強い。クワァー。

前日の震度4よりも確実に強い。建物もバキッと音がしている。これはヤバイ。

私は本棚を押さえながら「やめてくださぁーい、やめてくださぁーい、止めて、止めてぇー、止めてくださぁーい」と風邪声で叫んでいました。今度のはヤバイと思って。

強いのは20秒くらい続いていたでしょうか。その後震度2、1程度に下がった。ああ助かった。

でも東日本大震災はまだ終わっていない事を実感させられました。東日本大震災は1ヶ月後にも震度6強が来ましたが、世界で起きた大地震を調べると5年後に同じ規模が来るケースが多い。最悪、震度6強が来るものと考えていた方がいいですね。二度あることは三度有りますから。

それにしても先日は宮城県沖、そして今日は福島県沖が震源地です。地震のエネルギーは福島県沖の方が強い。福島県は震度5弱でしたからね。

それに今回は津波も発生している。仙台湾に1.4メートルが来た。非難警報が発令された。多賀城市を流れる砂押川はかなりの水流で逆流している。マグニチュード7.4らしいけど、結構な力です。驚いちゃった。

実はこの記事を書いている今も揺れています。震度2~3程度が。そしてまだ川も遡っている。

これで済んでくれたらいいのですが、今後1週間は注意しないとダメですね。これ、余震かも知れないし。

何だかんだ言っても東北は地震警戒地域であります。震災は忘れた頃にやってくると言いますが(災害だったかな?)、油断しちゃダメです。

それは関東にお住まいの人にも言えますが・・・・・・・・・・・。

 

ではでは。

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神道、仏教、キリスト教の食べ物についての考え方の違い。その2

2016年11月21日 10時52分02秒 | 神道

続きます。

食べて良い物。それは食べられる為に生まれて来た食べ物です。

ミルクの場合は母親が子供に飲ませるために存在します。それを横取りして良いのかとまでは考えませんが、ミルクは母から子への贈り物。飲まれるために生まれた。だから飲んでも良いのです。

トマトやメロン、カボチャ、柿等の場合は、動物に食べられて種を運んでもらい糞と一緒に排出される。これらも食べられて他の土地に運んでもらうのが目的です。食べられる為に存在するのです。

米や麦、ほうれん草、きのこ、セロリ等々は植物であっても生きている存在。食べられる為に存在している訳ではない。だから食べてはダメ。そう考えているようです。

こんなに厳しいから本来の仏教は廃れたと思います。また、本来の仏教は下ネタになっちゃうので今回はお話しませんが、女性に対してあんまりな考え方をします。それも廃れた原因になりますね。

キリスト教の場合はどうか。

キリスト教では「神>人間>自然」と考えます。山や川、海よりも人間が上。だから自然の贈り物なら何だって食べて良い。自然破壊しても許される。キリスト教の神は羊のお供え物を喜びますが、動物も魚も自由に食べて良い。人間の方が偉いのだから。

神道の場合は「神=自然>人間」と考えます。だから自然の象徴である山を神と考える。山神、水神、穀物神等々、自然の恵みは神の恵み。大切に考えています。

アイヌのイオマンテでも判りますが、神が肉や毛皮を人間にプレゼントするために、熊などの動物に変身し下界に降りて与える。人間はそのお礼に神である熊を祀り、穀物等のお供えして神に天上界にお戻りいただく。

神が熊になり持ってきた肉や毛皮、そして神である熊にお供えする物を共に「ミアンゲ」と言います。お分かりでしょうが「お土産(おみあげ)」の語源です。

神がお土産を持ってきてくれた。そのお礼にお土産を持ってお帰りいただく。その考え方は今の日本にも残っています。

またオオゲツ姫や保食神はスサノオ尊や月読命に殺され、その体から米等の穀物や蚕が生まれた。つまり食べ物や衣類は神の犠牲による贈り物と考えています。

山で狩をする。海や川で漁をする。その獲物は神からのお裾分け。だから食べ物には感謝する。食事前に「いただきます」と言うのも感謝の言葉。そう考えるのが神道だと思います。

以上、食べ物に対する考え方で神道、仏教、キリスト教の違いを述べてみました。これだけ違いがあるのですから、全て別物と私は考えています。

神仏習合やスピリチュアルな考えから全ては同じ神であるとする考えがありますが、私は本来は否と断じます。

この考えは死ぬまで変わらないと思います。多分。

 

ではでは。

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神道、仏教、キリスト教の食べ物についての考え方の違い。その1

2016年11月20日 11時13分54秒 | 神道

スピリチュアルって今ブームなのかな。

私も以前、「龍は木星からやって来た」旨の本を読んだ事があります(20代初期まで信じていた)。「幽霊との対峙」で書きましたが幽霊も見ているし、「何故か三居沢不動尊に参拝したら・・・・・・キクッ!!」で書いた通り霊現象も体験しました。UFOも見ました。

それだけじゃなく、偶然にしては出来過ぎている祟りも受けている。親族が同様に何度も祟りとしか思えない出来事を受けている事から祟りに恐怖している。占いも信じている。神仏に畏怖し手を合わせる。墓参りもする。それらから鑑みましてスピリチュアル感ゼロではないと思います。

でも全宇宙の神がどうたらこうたらとか、ちょっとした偶然が神の計らいとかまでは考えません。人生って偶然の重なり合いですから、何でもかんでも神とは解釈しません。一般的な常識の範囲内でのスピリチュアルだと考えています。

特に全世界の神々が同一の神とか、世界創造の神が日本の神だとまでは信じていないです。宗教にはそれぞれ違いがあるので。

そして宗教誕生の歴史を学ぶと判るのですが、宗教には戦争兵器としての側面が見えてくる。人々の統制を取るのが目的とも思える。権力を握る為に神を創造する。或いは強力な神を権威の座から引きずり降ろす為にその神を上回る神を更に創造する。その考えから宗教に否定的な面もあります。

自分的にも何が何だか判らない。十分な信念も有りません。でも違う考えの信仰であるなら、違う神であり宗教だと思うのです。

日本でも神仏習合の時代がありました。神道の神と仏教の仏が同一の神と考えていた。それは国教として仏教を普及させる為です。やはり人民の心を統制するのが目的と見られます。

それが納得できない。だからお坊さんの話も全てが真実とは思えない。何が何だか判らない。それで先ずは神道で考えて見るようにしています。

えーっ、何が何だから判らなくなってまいりましたが、取り合えず日本でポピュラーな宗教??である神道、仏教、キリスト教を食物で考えてみたいと思います。

先ずは仏教。仏教では生ある物を食べてはいけないとする考えが根本にあります。生ある物、それは動物も植物もです。

「それはおかしい。寿司食べているお坊さんもいるぞ」と言う人もいると思います。それは日本的な仏教だから。否、本場インド仏教もバラモン教やヒンズー教の考えが加わった。オリジナルの仏教は本当に少ない。

今は仏教もいろんな思想が入り込んで何が何だか判りませんが、本来の仏教は生けものは動物も植物も食べちゃダメと言う事になっているのです。

っとは言っても食べられる為に生まれた食べ物は食べて良い。その食べて良い食べ物とは何か。

肉、魚、貝、キノコ、大根、人参、アスパラガス、コーン、栗、米、麦、酒、セロリ、ほうれん草、豆、芋等々は食べてダメ。

でもミルク、トマト、きゅうり、ピーマン、梨、柿、スイカ、メロン、リンゴ、かぼちゃ、バナナ等々は食べてもOK。

その違いについてどうですか。判りますか?

 

続く。

 

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