未知の世界に乗り出すことって、やっぱり怖いと思う。
怖いけれども、未知の世界に乗り出す勇気があったからこそ、新たな世界が拓けたはずだ。勇気が試される時、それが冒険だと思う。
ところで、私には冒険に向かう為の勇気に乏しい。原因は分かっている。良く言えば「慎重」、はっきり言えば「臆病」だからだ。登山はずいぶんやったが、下調べを十分して、トレーニングを積み、準備を十二分にしてから登るわけで、冒険という意識はほとんど無かった。
冒険に近い経験がないわけではないが、ほとんどが予期せぬ状況下で、止むに止まれず行った所業であり、必死の思いで生き抜いた結果としての冒険に留まる。やっぱり冒険に必要な勇気には乏しいと判断せざる得ない。だからこそ冒険に憧れるのだと思う。
不思議なことに、冒険という言葉から連想されるのは、間違いなく海だ。山に冒険という意識は薄い。これは登山が趣味で、山には慣れていたからだと思う。
ぶくぶく太り、冒険には不向きな身体と成り下がった今でも、海を見ると心が沸き立つ。紺青の海と白い波しぶき、輝く太陽と青い空、水平線にわき上がる入道雲は、いつだって冒険の郷愁を漂わせる。
で、口ずさむのは「ガンバ!ガンバ!ガンガン、ガンバ~♪」サンバの明るいリズムが印象的な、ネズミのガンバの冒険物語である「ガンバの大冒険」だったりする。
実は表題の児童小説のアニメ化された番組なのだが、アニメはほとんど見ていない。登場人物(ネズミだが・・・)が原作に比べて大幅にカットされたのが不満だったからだ。見てないが、オープニングソングだけは、妙に記憶に残っている。ただし冒頭部分だけ。フルコーラスで歌ったことはない。
敵役のイタチのノロイも印象的だが、個性豊かな仲間のネズミたち、学者、マンプク、イカサマ、忠太、詩人そしてヒロイン役のシオリと、今でも思い浮かべることが出来る。初めて読んだのは、小学校6年生の時だと思うが、その後も十代の頃は夏になると再読していた覚えがある。
再び読もうと思い、本棚を探しているのだが、どこに紛れたのが見つからない。同じ作者の「グリックの冒険」が見つかったので、致し方なくこちらを読んだ次第。でも、やっぱり「冒険者たち」のほうが好きだ。嗚呼、また探し物が増えてしまった。
怖いけれども、未知の世界に乗り出す勇気があったからこそ、新たな世界が拓けたはずだ。勇気が試される時、それが冒険だと思う。
ところで、私には冒険に向かう為の勇気に乏しい。原因は分かっている。良く言えば「慎重」、はっきり言えば「臆病」だからだ。登山はずいぶんやったが、下調べを十分して、トレーニングを積み、準備を十二分にしてから登るわけで、冒険という意識はほとんど無かった。
冒険に近い経験がないわけではないが、ほとんどが予期せぬ状況下で、止むに止まれず行った所業であり、必死の思いで生き抜いた結果としての冒険に留まる。やっぱり冒険に必要な勇気には乏しいと判断せざる得ない。だからこそ冒険に憧れるのだと思う。
不思議なことに、冒険という言葉から連想されるのは、間違いなく海だ。山に冒険という意識は薄い。これは登山が趣味で、山には慣れていたからだと思う。
ぶくぶく太り、冒険には不向きな身体と成り下がった今でも、海を見ると心が沸き立つ。紺青の海と白い波しぶき、輝く太陽と青い空、水平線にわき上がる入道雲は、いつだって冒険の郷愁を漂わせる。
で、口ずさむのは「ガンバ!ガンバ!ガンガン、ガンバ~♪」サンバの明るいリズムが印象的な、ネズミのガンバの冒険物語である「ガンバの大冒険」だったりする。
実は表題の児童小説のアニメ化された番組なのだが、アニメはほとんど見ていない。登場人物(ネズミだが・・・)が原作に比べて大幅にカットされたのが不満だったからだ。見てないが、オープニングソングだけは、妙に記憶に残っている。ただし冒頭部分だけ。フルコーラスで歌ったことはない。
敵役のイタチのノロイも印象的だが、個性豊かな仲間のネズミたち、学者、マンプク、イカサマ、忠太、詩人そしてヒロイン役のシオリと、今でも思い浮かべることが出来る。初めて読んだのは、小学校6年生の時だと思うが、その後も十代の頃は夏になると再読していた覚えがある。
再び読もうと思い、本棚を探しているのだが、どこに紛れたのが見つからない。同じ作者の「グリックの冒険」が見つかったので、致し方なくこちらを読んだ次第。でも、やっぱり「冒険者たち」のほうが好きだ。嗚呼、また探し物が増えてしまった。