ヌマンタの書斎

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「世界史の中から考える」 高坂正堯

2007-06-01 09:36:26 | 
良い政治家って、どんな人だろうか。

歴史に関する本を読んでいると、様々な政治家が登場する。当たり前だが、時代により、求められる政治家の理想像が異なる。また、評価する視点により、異なる評価が出るのは当然だと思う。

私が非常に興味深く思っているのが、イギリスの18世紀の政治家のロバート・ウォルポールだ。贈賄の噂が絶えず、文撃フ保護には関心が薄かったせいか、スウィフトらに風刺されたり非難されている。そのゴシップをマザーグースの「クック・ロビンの歌」でなぞられたとも言われる。あまり芳しい評判は少なく、大ピットや小ピットのような華々しい話題にも欠ける。

しかし、私はもう少し高く評価されても良い政治家だと思う。

たしかに金儲けの上手い人であったのは確かなようだ。南海泡沫事件というバブルの崩壊により大混乱に陥った当時のイギリスを立て直すため、その経済手腕を期待されて、ジョージ一世に請われて大蔵卿になり、以後20年あまり手腕を振るった。ただ、財政危機を打破するための政策を導入するため、なんでもやったらしく贈賄の噂が絶えない灰色の政治家でもあった。

なんでもやったと書いたが、実際は金にならないことはやらなかった。当時の社会では政権の座を追われた政治家は、後任者から追われ、命をなくすことも少なくなかった。しかし、ウォルポールはそんなことしなかった。恨まれるより、納税者として、またお客さんとして金を使ってもらったほうが良いと考えていたらしき節がある。驚くべきことに、死傷沙汰なしで平和な政権交代を、初めて実現したのがウォルポール。これにより、議員内閣制の基礎が築かれたといわれる。

当時のヨーロッパの王室は、多かれ少なかれ親族関係にあった。それゆえ戦争があると遠い親戚の王家に、手を貸さざる得ない状況に陥っていた。だから、年がら年中戦争をやっていた。しかし、ウォルポールは介入を避け、中立に徹した。戦い合うどちらの国とも商売をして、多額の貿易黒字を計上した。その節操のなさから非難は多かったが、意に介せず金儲けに徹した。これを「栄光ある孤立」と称したのは、あまりに図々しいと思うが、彼が言った訳ではなく、後世の歴史家が美化しただけだ。

政治家に、清廉潔白を求める人たちからは、蛇蝎のごとく嫌われたのも無理ない。国家の栄光(戦争による勝利とか)よりも、財政に関心が強かったことから、英雄はだしの政治家を崇拝する方々から蔑視されたのも無理ない。金儲けが好きで、美術品の収集には関心を持っても、文化芸術の保護には関心が薄いゆえ、これまた非難の対象とされるのも、やっぱり無理ないと思う。

それでもだ、私はこの人の治下にあった国民は幸せだったと思う。戦争に関らないから家族や友人の戦死に怯える必要は無い。敵味方無く売りさばく節操のなさはあっても、それが国民の財布を豊かにしたのは間違いない。作家や芸術家は彼を非難したが、非難させる寛容さは持ち合わせていた。ホイッグ党による寡頭政治のため、野党ホーリー党は冷や飯食ったが、命の危険はなかった。今日のイギリスの議員内閣制度は、この変り種の政治家あってのものだと思う。

表題の本は、高坂氏の遺作となってしまったが、保守の立場からの歴史評論を数多く書き連ねてきた氏のエッセーとして、とっつきやすい内容となっています。ウォルメ[ル以外にも、田沼意次や星亨など評判の芳しくない政治家の再評価は、大変に勉強になりました。自民党寄りの歴史家として唾棄する方もいるようですが、その冷静な見解は読むに値すると私は判じています。
コメント (6)
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