ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

膝が震えた

2008-10-29 12:29:57 | 日記
驚いた、膝が震えている。

あれは一年あまりの入院生活を終え、自宅療養に切り替えた数日後のことだった。ほんの一年前までは、筋肉でパンパンに張っていた太ももはやせ細り、長時間歩くのは苦痛だった。幸いなことに、自転車をゆっくり漕げば、二時間程度の外出が可能と分った。

少し離れた古本屋へ行って、数冊本を買った帰り道は、車が渋滞した駅前通りだった。ノロノロ運転の車を横目に、ガラガラの反対車線を走って、前の自転車を追い抜くと、その自転車に乗っていた壮年の男性に怒鳴られた。

なんだと振り返ると、赤ら顔で近づいてくる。「おい、自転車は端を走れ。道の真ん中は車が走るもんだ」と言い寄ってきた。う、酒臭い。こりゃ、酔っ払いに絡まれたと思い、さてどうするか思案する。

体格は案外いい。こりゃ肉体労働系で鍛えた身体だと思える。おまけに夕方から酒の匂いを漂わせているあたり、かなりの暴れん坊を思わせる。しかし、まあ、謝るふりして、どてっ腹に頭突きでもかまして、足首か膝をねじって、後は逃げ去るか。

ふと気がつくと、自転車のペダルに乗せた右足の膝あたりが震えている。なに、これ?

驚いた。私、ビビッていた。

子供の頃から、相手の強い、弱い関係なくして、頭にきたらすぐに喧嘩をしてきたが、膝が震えた経験など皆無だったので、本当に驚いた。まさか、二十歳を過ぎて経験するとは思わなかった。

たしかに退院して間も無く、身体が衰えていたのは事実だが、意識が反応するより先に、身体が危機意識を覚えたということなのだろうか。これがビビるってことなんだなと、新鮮な感慨を抱いたが、それどころではない。

とっさに「うん、おっちゃんの言うことは正しいと思う。でも、おっちゃんも俺と同じで、道の真ん中走っているぞ」と言い返すと、ウワッハハと笑いながら、「そりゃそうだ。まあ、いいから顔貸せや」と、やる気満々だ。

右膝の震えは収まらない。この状態で、やれるかなと疑心を抱きながら、手近に武器を探す。適当なものがないので、隙を見て自転車で体当たりでもするかと考えていたら、近くの居酒屋から、数人出てきて「おい、こっちだ、こっちだ」と呼びかけてくる。

やばい、仲間がいたのか。こりゃ、逃げるしかないと思っていたら、赤ら顔のおっちゃん、急に嬉しそうに「なんでえ、そこに居たのか」と駆け寄って行き、振り返りもしない。

チャンスと思い、すぐに逃げ出す。こんな時、自転車は便利だ。わき道に潜り込み、裏通りから繁華街に入り、人ごみに紛れ込む。もう、大丈夫だろう。

怪我もなく、無事に済んだのだが、精神的には落ち込んだ。まさか、こんなに弱気になっているとは、思いもしなかった。私は根が楽天的なので、自分の身体が衰弱したことを軽く考えていたが、こんな形で現実を思い知らされるとは思わなかった。

まさかビビッて膝が震えるなんて、考えたこともなかった。いくら虚勢をはっても、身体は正直だ。まだ運動は禁止されていたが、その夜から密かに少しだけスクワットと腕立てを始めた。あんな思いは真っ平だった。

心と身体は、必ずしも一致しない。初めて知った、知りたくもない経験だった。
コメント
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