ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

火宅の人 檀一雄

2014-10-02 12:49:00 | 

嘘をつき続けるのは苦しい。

真面目な人ほど、自らの嘘に苦しむ。特に自分が大切に思っている人に対して嘘をつき続けるのは心苦しい。

檀一雄が、愛人の存在を妻に公言し、愛人との別宅に入り浸った事実を、彼は私小説の形で世間に発表したのが表題の作品だ。いろいろと物議を醸した作品であったのは当然であり、賛否を含めていろいろと考えさせられる作品でもある。

興味深いのは、檀自身は妻を傷つけてることへの自覚はある癖に、離婚する気はまるでないことだ。それどころか、愛人が女優の仕事で不在になると、平然と自宅に戻ってくる。

妻のみならず、子供たちも困惑する困った人である。実際問題、妻とは別に愛人をもつ男性は珍しくないし、その逆の例だっていくらでもある。しかし、それを公言するばかりか、私小説の形で世間に公表する人は珍しい。

私は父母が離婚したせいか、子供の頃から家族関係には冷淡なところがある。しかし、その私でも檀の行動には好感を持ちかねる。だから十代の頃に読んだときは、途中で読むのを止めてしまった。

あれから30年以上がたち、改めて読んでみたのだが、やはり好きにはなれない。浮気をするなとは云わないが、離婚する気がないのなら最後まで嘘をつきとおすべきだ。

それが苦しいことなのは、私でも分かる。ついつい言いたくなる、言って自分が、自分だけが楽になろうとする気持ちは分かる。しかし、言われたほうは、それ以上に苦しむ。それが分かるので、私なら言わない。

もっとも私には二人の異性を同時に・・・なんて面倒くさいというか、そんな甲斐性がないので、おそらくそんな場面には出くわさずに済むだろう。だいだい異性との付き合いなんて、一人でも大変なのに、それを複数なんて御免蒙りたい。

でも誘惑に駆られることはある。だから檀一雄が奥さんに白状というか、公言することで楽になろうとした気持ちも分からないではない。共感こそしないけど、その気持ちは分かる。

ダメとされることをやり、それを身内に打ち明ける気持ちは理解できる。私がタバコを吸いだしたのは16歳の頃だが、親に隠すつもりはなく、親の前で堂々吸っていた。そのほうが気持ちが楽だったからだ。

でも当然だが、学校では隠していた。学校を抜け出して、近所の公園で一服する快感は確かにあった。正直言えば、親の前で堂々するより、学校にばれない様に抜け出して吸うタバコのほうが美味しかった。

タバコと愛人では桁が違うというか、比べては失礼な気もするが、やってはいけないとすることをやる快感は確かにある。ただ、それを私小説という形で世間に公開してしまうことには、いささか疑問を禁じ得ない。奥さんはさぞかし大変だったろうと思う。

ちなみにこの作品は檀一雄の最大のヒット作で、その死後も売れ続けて、奥様に多額の印税をもたらしたそうである。金だけで片付く問題ではないけど、そのことを知って私は妙に安堵したものです。

コメント (5)
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