少し迷っている。
現在、各省庁ではマイナンバーの施行に向けて、省令などの整備にとりかかっている。マイナンバーとは国民総背番号制度のことだ。この法案自体は、民主党政権時代に国会に提出され、一度時間切れで廃案になっている。
しかし、自公連立政権になり、再び同様の法案が提出され、マスコミも野党も問題視することなく国会を通過している。この経過をみても、霞が関の各省庁が皆、賛成し導入を期待していたものであることが良く分かる。
具体的な実施は、平成28年からであり、現在は準備期間である。具体的には来年、各市町村から申請の慫慂があり、写真付きのICカード配布といった形でマイナンバーは実施される。
これは市民生活のみならず、様々な場面に大きな影響を与えると考えられる。たとえば年末調整である。毎年、年の暮れになると、扶養家族等の収入を確認したり、生命保険料控除証明書などを経理部や総務に提出していると思う。
税務上の扶養家族には所得の制限があり、パートやアルバイト収入が103万円以上あると、控除対象から外れる。この扶養家族の記入にも、28年からはマイナンバーが必要となる。
そうなると、家族が黙ってパートなどをして103万円以上稼いでいると、税務当局はそれをマイナンバーにより容易に把握できるようになることが予測される。
それだけではない。銀行等の金融機関に預けてある預貯金等についても、マイナンバーの登録が必要になるとされている。これは大変なことだ。個人の金融資産のすべてを政府が掌握できることになる。
現在、あるはずがないとされる架空預金などは、このマイナンバー制度により洗いざらいさらけ出されることを当局は期待しているようだ。政府が国民をすべて数字で管理できる時代が近づいてきている。SF小説などで警鐘がならされていた管理社会が、本当に実現されんとしているのだ。
勉強のよく出来る霞が関のエリート様がご満悦の様子なのが、手に取るように分かるではないか。
だが、私は思い通りにはいかないだろうと予測している。いかにシステムを完璧に作っても、そこから逃れようとする人間の本能を甘くみている気がするのだ。
まず、現金取引が今まで以上に増えるはずだ。幸い日本の通貨、紙幣に対する信用度は高い。政府が一番把握しずらいのが現金取引なのだ。そして次に予測できるのは、裏経済が今まで以上に拡大することが。
裏経済というと、まるで犯罪社会を思い浮かべるかもしれないが、決してそんな単純なものではない。これは世界中のどこでも見られるものだ。有名なのはイタリアだろう。このラテンの先進国は、公表される統計数値だけで判じると、ひどく貧しい国となる。
しかし、実際には衣食住ともに、かなり豊かな社会であることは、実際にイタリアで暮らしていた人には明白である。マフィアなどの犯罪組織の経済活動もあるだろうが、むしろ普通の一般市民による裏バイト、裏副業などがイタリアの豊かな暮らしを裏付けているのが実情である。
イタリアは、そのラテン的なイメージとは裏腹に政府の規制がかなり厳しい国である。その厳しさ故に、法制度を潜り抜けた裏経済が発達してしまった。実のところ西欧の国々の多くで、このような裏経済は存在する。
規則一点張りのイギリスはもちろん、融通の利かなさで悪名高い厳格なドイツでさえ裏経済は存在する。自由経済市場を謳う西欧でさえそうなのだから、社会主義の残滓がまだ色濃く残る東欧などは、裏経済こそが真の実態だと云われるほどである。
私の知る限り、裏経済というか裏社会が存在しない国はない。世界で最も管理型の市場経済が成功したと云われる日本でさえ、裏経済は存在していた。いささか守秘義務に関係してくるので、具体的なことは書けないが、政府が把握しえない裏経済は今も健在である。
人というものは不思議なもので、他人を管理したがる一方で、自分が管理されるのを嫌がる傾向が強い。マイナンバーの実施は、それが厳格であればあるほど、裏経済、裏社会を育ててしまう可能性が高いと私はみている。
私自身は、仕事柄マイナンバーによる管理を受け入れざる得ない。実際、今年から来年にかけてマイナンバーへの対応をクライアントに説明していくつもりである。
だが、その一方でマイナンバーは日本の社会を拘束してしまい、それを厭うが故に裏経済を育んでしまう可能性への対応も考えざるを得ない。それが良いこととは言えないと思う一方で、必然性もあると考える自分がいる。
マイナンバー制度は長い目でみると、日本の社会を変えていく分岐点になるかもしれません。