優しさは、時として残酷さを抉り出す。
上記の作品は、太平洋戦争のなかでも目立たないが、特筆すべき戦闘が行われたペリリュー島を舞台に描かれている。現在のパラオ共和国であるが、小さい島での攻防戦としては、激戦であったことで知られている。
兵力は、日本軍が12000人に対して、アメリカ軍は5万人を投入している。また、戦闘機、爆撃機、戦艦等による火力差を考えると、数百倍の戦力差があったとされている。にもかかわらず、アメリカ軍は大いに苦戦し、公式記録上の評価はかなり低い。
日本兵はほぼ1万人弱が戦死しており、生存者は極めて少ない。まだ戦闘前に民間人を逃したため、戦死者はすべて軍人であることでも知られている。一方、アメリカ兵の戦死者はその四分の一ではあるが、特筆すべきは8千人近い負傷者のなかに、戦闘終了後精神を患ったものが2千人を超えていることだ。
この小さな島で行われた戦闘が、如何に苛烈なものであったかを物語るものであり、この戦闘後、アメリカ軍の日本が支配する島嶼に対する戦法を大きく変えたことでも知られている。
この戦いの反省は、硫黄島での戦闘に活かされている。アメリカ軍に、日本兵の強固な戦闘意思を刻み付けた戦い、それがペリリュー島の戦いであった。その戦いを作者は、劇画調ではなく、まるでご近所漫画のような優しい絵柄で描き出している。
勇敢で苛烈な日本兵は、どこにでもいる優しい青年として描かれている。戦争の残酷さに傷つき、仲間の兵士の死を看取る辛さに涙し、郷里と家族を思って悲嘆にくれる。飢えと空腹に苦しみ、暑さと絶望に打ちのめされる。それでも、戦うことから逃れられない。
それは、敵であるアメリカ兵も同じであった。憎しみに駆られながら日本兵を撃ち殺し、焼き殺し、爆殺するが、それでも終わらぬ戦いに言い知れぬ恐怖を覚えて心を病んでいく。
そんな狂気の戦闘が行われたペリリュー島は、今は南国の楽園として美しい姿を水面に映すのみ。その島に安置された石碑には、アメリカ軍太平洋司令長官であったニミッツ提督の残した碑文が刻まれている。
「諸国から訪れる旅人たちよ この島を守るために日本国人がいかに勇敢な愛国心をもって戦い そして玉砕したかを伝えられよ 米太平洋艦隊司令長官 C.W.ニミッツ」
"Tourists from every country who visit this island should be told how courageous and patriotic were the Japanese soldiers who all died defending this island. Pacific Fleet Command Chief(USA) C.W.Nimitz"
今では忘れ去られた南国の楽園での狂気を見事に描き出した作品です。是非、ご一読のほどを。