ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「動物愛護運動の虚像」 梅崎義人

2008-06-27 14:31:12 | 
昔から動物愛護運動には、ある種の胡散臭さを否定しきれなかった。

特に違和感を感じたのは、イルカや鯨を可愛いと言いつつ、平然と牛や豚、羊を食べる感性だ。古代より魚介類を食べてきた日本人にとって、鯨を食べることに違和感はない。むしろ肉食の歴史の方が浅いくらいだ。明治時代の日本人が、肉食に偏見を抱き、なかなか馴染もうとしなかったのは、当時の文献にしばしば散見される。魚を生で食べることに違和感を感じる欧米の人と、どう違うというのか。

ただし、絶滅の危機にあるというなら、伝統の食文化といえども制約を受けるのは当然だと思う。で、本当に絶滅の危機にあるのか?

表題の本の中で明らかにされるのは、欧米で拡がる動物保護運動が、科学的検証に基づくものではなく、むしろ人種的あるいは文化的偏見に基づくものである実態だ。少数民族の食文化を否定し、社会基盤を破壊して悦にいる環境マフィア・グリーンピースの傲慢さは目に余ると思う。今でこそ少しずつ知られるようになり、欧米の科学者などから疑問を呈されるようになった。しかし、映像を偽装して実情を知らぬ善意の大衆を扇動する悪魔的手法は今も猛威を振るう。

また、動物愛護運動を政治目的に使うアメリカ政府の狡猾さをも、赤裸々に語られる。覇権国家というものは、本質的に傲慢なものだ。その覇権国家に側に立つことで繁栄を享受している日本は、どうしても立場的に弱い。苦渋の思いは避けきれない。

ただ、一点この本に瑕疵があるとしたら、それはアングロ・アメリカンの陰謀論を必要以上に書き立てることだろう。有色人種のゼロ成長を目指すアメリカのエリート達なんざ、いるとしても少数だろうし、グローバリズムの進展をみれば事態は逆の方向を示している。おそらく著者の思い込みだと思う。

率直に言って、まだまだこの過剰な動物保護運動の弊害は続くと思う。思うが、おそらくは今世紀半ばで終焉もしくは変質を迎えると、私は予想している。その根拠は、増大する世界人口にある。

今世紀中には、100億人を突破してもおかしくないのが世界人口だ。その腹を満たすだけの食料は、到底確保しえないと想像できる。いくら鯨が可愛くとも、人間様の空腹には勝てまい。ミンク鯨などは、現在でも十分な生息数が確認されるし、アザラシ、オットセイだって食べれる。

現在隆盛を誇る動物愛護運動も、飢える人間の生存本能の前に屈することは目に見えている。その時こそ、絶滅から守る、真の動物愛護運動が必要とされると思う。
コメント (2)
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