ヌマンタの書斎

読書ブログが基本ですが、時事問題やら食事やら雑食性の記事を書いています。

「霧」 スティーブン・キング

2008-06-02 12:23:05 | 
いきなり引きずりこまれた。

台風が近海を通り過ぎた夕方、穏やかな風景を取り戻した海岸に散歩に出かけた時のことだ。激しい風雨で昼間は遊泳禁止も当然の凄まじい荒波だった。車のなかから、その荒れ狂う浪の激しさに戦慄を覚えた。

本当は波際まで近づいてみたかったが、それが許されないのが不満だった。だから一度、ホテルに戻った後、夕暮れ時にもう一度海へ行きたいとゴネて、連れて行ってもらった。

ほんの半日前のどす黒い荒波は消えて、今は穏やかな水面を取り戻していた。雲の切れ間から太陽が覗き、明るい夕暮れ時が心を和ませた。

波打ち際まで近づいて、サンダルが波に濡れる感触を楽しんでいた時のことだ。突然、足元の砂が崩れ、ペタンと転んだところに、急に盛り上がった波が襲い掛ってきた。

下半身が波に埋もれたと思う間も無く、波の渦が身体にまとわりつき、海に向かって引き摺りこまれた。助けを呼ぼうと口を空けた途端に、海水が流れ込み、塩っぽさにむせて声を出すことが出来なくなった。

当時まだ6歳で、プールでなら泳げたが、ショックのあまり身体が動かない。打ち寄せる波に、身体の自由が効かず、どんどん沖合いに流されていく。

まるで波に身体を巻かれたような感触があって、そこにある種の意図を感じていた。誰かが海に私を連れて行こうとしていることに気がつき、その驚きで身体が固まってしまった。

なすすべもなく、沖へ流れていく私の身体を、力強い手が抱き上げてくれた。一緒に海に来た叔父さんだった。そのまま抱えられて、砂浜へ戻された。塩辛さにむせていた私は、泣き声をあげるでもなく、硬直していたらしい。

母親や妹たちが騒いでいたようだが、実のところまるで記憶にない。ホテルに戻り、風呂に入れられて身体が温まったあたりで、ようやく声を出すことが出来た。

表題の作は、スティーブン・キングの中篇ホラー小説で、最近映画化され「ミスト」のタイトルで上映されています。台風の通過した翌日から、全米に拡がった謎の霧のなかから、突然現われる不気味な触手に連れ去られる人々。

巨大な触手に巻き取られて、霧のなかに連れ去られる場面を見ると、私は幼少時の経験を思い出さずにはいられません。たんに波に巻き込まれただけでしょうが、幼い私には不気味な経験でした。

映画はなかなか出来が良いようですので、機会がありましたら是非どうぞ。小説は短編集「骸骨乗務員」に納められています。短編としては長すぎ、一冊にまとめるには短い編集者泣かせの傑作です。
コメント (6)
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