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Photo by NKZ氏
こんな山の中でも時には、思いがけない人との関わり合いもある。先日、幾日ぶりかで山を下りっていったら、廃村の芝平で女の人に呼び停められた。50代前後だろうか、上手く説明できないもどかしさを見せながらも、車のエンジンが始動しないということを言い、その原因はバッテリーだと思われるから、できたらジャンプ(充電)してみてほしいという意味のことを頼んできた。電話も通じない山の中で車が動かなくなってしまったら、否も応もない。
今来たばかりの道を引き返しながら聞けば、どうやらその人の車は山奥氏も住む「ハイランド」とか呼ばれる別荘地にあるようだった。かなりの距離を走って本道を外れると、たちまち雨でぬかるんだひどい山道になった。このハイカラな名前だけが残った一帯は、大方の建物がわずかの間に廃屋と化し、それらの残骸が放置されたままあちこちに点在していた。なおも悪路を難渋しながら言われるままに進み、一番奥にあるその人の家にようやくたどり着いた。建物は「癌で亡くなった主人と友達が建てた」ということだったが、山小屋を建てようとした故人の情熱、努力、工夫は今でも立派に窺がえ、残っていた。ただこんな山の中に一人、心細い夜を送らざるを得なくさせ早逝した夫、その人を偲ぶ彼女が不憫に思えた。
車は幸い始動させることができた。だが万が一のことを考えて、少し離れた坂道に移動させ、バッテリーが不調でも、エンジンを掛けることができる方法を教えた。そして帰ろうとしたら、お礼をしなければと言って走り寄ってきた。もとよりそんな気などないから断ると、その人は強引にダッシュボードに千円札を押し込み、これで済んだというような安堵した態度を見せた。そこで対応を誤った。その千円札を持っていき「こんなことを千円ぐらいの金でやる人はいないよ」と言って、その人の胸のポケットに押し込んだのだ。彼女はポカンとして動きが止まった。
帰る道すがら、悔いた。自分のしたことを千円ばかりの金に換算してほしくなかったが、しかしその人にとってみれば、そうするしかなかっただろう。気の毒をした。もう幾日も前のことだが、その思いはまだ胸にある。
霧はますます深くなるばかり。撮影の下見に、東京から監督や関係者が来るというのに、これではどうにもならないだろう。
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