山の愉しさを味わうなら、気の合った山仲間を誘い、アルコールと美味い物を背負い、冬枯れの穏やかな森に出かけることを勧めたい。テント場の近くに川の音を聞けたら、言うことはない。
料理の味はさておいても、腹が膨れれば酒の肴には、若い頃の思い出話が一番だ。女性の話も出てくるころには酔いも深まるというもの。誰かが実際には願望に過ぎなかったことを実体験のように話したとしても、また誰かが多少大袈裟に自慢話をしたとしても、この夜は許そう。
しかし、山の本当の良さを味わうとするなら単独だ、と言い切れる。しかも、単独なら季節は雪の降る少し前、今が一番いい。谷川や秩父の、いやここ入笠の、落葉した森の、あの寂しさの中の落ち着き、その深さ、他の季節にはない哀愁が、森の中にはあるはずだ。
渓の傍にテントを張り終えたら、周囲の状況を把握しながらまず焚き木を集める。そして火を燃やすのだ。小さな炎はきっと、夕闇の訪れを忘れさせるほど単独の登山者を虜にするだろう。一心になって燃える火を見つめているだけで、普段は体験することのない深い深い意識の底へと下りていく、落ちていく。闇と沈黙の中で、時が同調するようにゆっくりと流れ、一人でいることの孤独と緊張が甘味に変わる。
阿弥陀の南陵に至る疎林の中で、そんな一夜を過ごしたことがあった。ふと、誰かに見られているような気になって振り仰いだら、木々の枝を透かして、折しも昇ってきたばかりの下弦の月が、寒空にポッカリ浮かんで見えていた。
いつの間にか師走になった。今日は深い霧が立ち込めているが、明日は雪になるらしい。
大量の荷物を積んで遊子らは去った、「夜逃げみたいです」と言い残し。
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