Photo by かんと氏(再録)
4月に入って、花を見ようと散歩の時間を何日か昼間に変えていた。それをまた夜に戻し、昨夜は9時ごろに家を出た。そして驚いた。一冬馴染んだ夜空がすっかりと様変わりして、特にオリオン座など西の空に追いやられ、かつての威勢などすっかり失った老兵のように貧相な光を弱々しく発していた。
季節は確実に巡る。それでも、それに抗うかのようにふたご座のポルックスや御者座のカペラは、まだ舞台に居残らんとするかのように見え、そうかと思えば、わが牛飼座の主星アルクトゥールスが大熊座に引っ張られるように舞台の中央へと移動してきていた。この時季、星空は引っ越しの真っ最中のようだった。
138億年、46億年、そういう単位と比べ、われわれの間接的な祖先がアフリカに出現したのは、これまでの宇宙の歴史を1年に換算したら「12月31日の午後10時30分」と「コスモス」の著者は語る。その後、分子生物学などの研究が急速に進み、われわれの直接の祖先はもっと短く、20万年から10万年前とする説が支持されるようになったという(「日本人になった祖先たち」篠田謙一著、NHKブックス)。
カール・セーガンの用いた数字は宇宙の歴史を150億年ほどとし、アフリカのタンザニアの一隅で発見された足跡とは、200万年以上も前に直立歩行を始めたわれわれの間接的な祖先のものだ。最近の研究成果とは少し違ってはいるかも知れないが、要するにわれわれはまだ出現して間もない生命体であることには変わりはない。いつまでその存続が可能かなどまったく知れたものではないし、そんなことは神を別にすれば、宇宙にとって一切関係ないだろう。いや、神ですら関心などないかも知れない。
広大無辺の宇宙、あるいは近代科学の深淵な世界、詳しいことは何も学んだわけではないし、分からない。羊飼いの少年が、あるいは洞穴の住人が、まさしく星空を眺めつ妄想を深めたようなものと変わらないだろうし、それでもいい。
ともかく、親しんだ冬の星空は西へと移っていく。永遠とか、無窮とかを考えるよすがになってくれた尊い星々や星座、それと帰らぬ時間へ感謝の気持ちを、ここでもつい呟いてしまった。
本日はこの辺で。