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「歴史の道調査報告書」長野県教育委員会編
もう幾日前のことになるか、前々から行ってみたいと思っていた石堂超えの内、テイ沢を高巻く部分を歩く機会がようやくにしてできた。この尾根の途中まで古い牧柵が続いていて、その状況を知っておきたかったのだ。
はるか遠い昔しにあった道だから、その名残なぞもとより期待していなかった。ただ、手許にある2万5000分の1の地図には、登山道は現在のようにテイ沢の流域を行くのではなく、伝えられている石堂越えと同じく、ヒルデェラ(大阿原)の途中から右手山頂を経由して小黒川林道に通じている。もしかしたらこの登山道が、石堂越えと何らかの関連がありはしないかという期待があって、なんとしてもそのことを確かめてみたかったのだ。
今回はテイ沢の下流から山頂を目指したのだが、夫婦岩の夫岩を過ぎるともはや道は判然とせず、クマ笹の生い茂る尾根道をひたすら登行を続けるばかり。左手に見え隠れしていた牧柵は途中から右折して、クマ笹の中に消えてしまう。1時間も歩いたろうか、ようやく頂上らしきが見えてきた。
途中何か所かに赤や黄色のビニールテープが巻き付けられていたが、登山道を示す標識布とは思えず、誰が、いかなる目的でそうしたかは分からず、多分、林業関係者が付けたのだろうと想像するしかなかった。
とにもかくにも山頂に着けば、それでも何か登山道らしき踏み跡ぐらいは見つかるだろうという期待をずっと抱いて藪漕ぎに耐えた。(つづく)
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