陸海軍けんか列伝

日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。

367.黒島亀人海軍少将(7)激論は三時間に及んだ。昼食も取らずに一同は議論を続けた

2013年04月05日 | 黒島亀人海軍少将
 「よう先任参謀、久しぶりですな」。外出していた作戦課長・富岡定俊大佐(広島・海兵四五・海大二七首席・フランス駐在・ジュネーブ会議全権随員・大佐・第二艦隊参謀・海大教官・軍令部一部第一課(作戦)課長・二等巡洋艦「大淀」艦長・少将・南東方面艦隊参謀長・軍令部第一部長)が部屋に戻ってきた。

 富岡大佐は兵学校では黒島大佐の一期後輩で、神中佐を上回る艦隊決選派の論客だった。黒島大佐は「作戦課は変わった人間が多い。ここは奇人・変人の巣だ」と言った。

 「奇人・変人? こりゃ驚いた、あなたに言われるとはね」。富岡大佐は、あきれて黒島大佐をみつめた。

 「みんな、頭のネジが壊れている。日露戦争当時からちっとも進歩しとらんのだから」と黒島大佐が言うと、「冗談じゃない。作戦課員はみな頭脳明晰ですぞ」と富岡大佐は応じた。「その明晰な頭をちっとも使っておらん」と大声で言って黒島大佐は作戦課を出た。

 会議室での打ち合わせ会議には、富岡大佐をはじめ、神重徳中佐、佐薙毅(さなぎ・さだむ)中佐(東京・海兵五〇・海大三二・アメリカ駐在武官補佐官・水上機母艦「神威」飛行長・第五艦隊参謀・軍令部第一課課員・作戦班長・大佐・南東方面艦隊首席参謀・戦後自衛隊入隊・第二代航空幕僚長・水交会会長)、三代辰吉中佐(茨城・海兵五一・海大三三・国際連盟帝国代表随員・空母「加賀」飛行長・第二艦隊参謀・軍令部第一部第一課課員・南東方面艦隊参謀・大佐・横須賀海軍航空隊副長)ほか数名が出席した。

 冒頭から激論になった。黒島大佐は軍令部(作戦課長・課員)を相手に、まず航空戦の重要性を次のように強調した。

 黒島大佐「貴公らは今がまだ明治時代だと思っているのか。目を覚ませ。艦隊決戦などもう起こらぬ。飛行機の前に大艦巨砲は、くその役にも立たぬのだ。航空部隊は訓練でそのことを証明しておる。飛行機をどう使うかで勝負は決まる。発想を変えろ」。

 軍令部「制空権の掌握が必要なのは認める。だが、飛行機は絶対ではない。演習では魚雷や爆弾を命中させるかも知れんが、実戦ではそうはいかぬ。敵の護衛戦闘機がいる。対空砲火もある。しかも、戦艦の防御力は大きい。少々魚雷を食っても沈みはせぬ。艦隊決戦の構想を変える必要などどこにもない」。

 黒島大佐「貴公らは正面からアメリカと戦って勝てると思っているのか。彼我の国力は隔絶している。飛行機や軍艦の生産能力は十対一と見てもまだ足りぬくらいだ。わが国としては開戦劈頭にハワイで奇襲攻撃を加え、大損害を与えて戦力の差を縮めるしか道はない。飛行機の時代だからこそそれが可能だ」。

 軍令部「かといってハワイ作戦はあまりにも投機的だ。飛行機による奇襲が可能な位置まで機動部隊が近づくには二週間もかかる。その間、わが機動部隊が敵に発見されずに済むと思うほうがどうかしている。敵は飛行機で厳重な哨戒をやっているはずだ。わが艦隊が洋上でどこかの船に出会う怖れもある。敵に発見されて空襲されたら大損害をこうむるのは必至だ。それを押してハワイを空襲しても、奇襲でなく奇襲でなく強襲だからたいした戦果があがるはずはない」。

 黒島大佐「敵に気付かれずハワイに接近する航路はすでに把握した。荒天つづきの北洋から大シケをついて南下するのだ。その方面は敵も哨戒しきれない。補給もうまくいく。絶対に奇襲をかけられる自信がある」。

 軍令部「そんな自信は机上のものだ。実行すれば必ずどこかに破綻が生じる。それに万が一ハワイに接近したとしても、真珠湾に敵艦隊が碇泊しているとはかぎらんではないか。彼らも毎日外洋へ出て訓練に励んでいる。せっかく奇襲をかけても、敵艦のいない湾へ爆弾を落とす結果になりかねない」。

 黒島大佐「バカな。情報蒐集はぬかりなくやっている。敵は外洋へ出ても土曜日には帰投し、日曜日は休養をとる。そこを狙えば百パーセント空振りすることはない」。

 軍令部「百パーセントだなんて無責任なことを言うな。ともかくこの作戦はリスクが大きすぎるよ。作戦というより博奕(ばくえき)だ。とても採用はできん。山本長官は博奕がお好きだが、真珠湾はカジノではないのだ」。

 黒島大佐「何を言うか。どんな作戦にもリスクはつきまとうんだぞ。貴公らの迎撃作戦は投機性は少ないかも知れんが、長い目で見れば必ず負ける。それよりは一か八かで大勝利を勝ち取るべきだ。発想を変えろ。わが国が勝利する道はほかにはないのだ」。

 激論は三時間に及んだ。昼食も取らずに一同は議論を続けた。作戦課で最も弁が立つのは神重徳中佐だった。チョビひげをふるわせて、速射砲のように議論を挑んできた。だが、どこから攻めても黒島大佐が動じないので、次第に口数が少なくなってきた。

 富岡課長の「ハワイ奇襲作戦に関しては、今日の黒島大佐の意見も加味して再検討してみよう。だが、今のところ軍令部作戦課としては、年度作戦計画にハワイ奇襲を取り上げる気はない。山本長官にそうお伝えしてくれ」との発言で、会議は打ち切りになった。

 無表情で黒島大佐は会議室を出たが、内心は怒りで煮えくり返っていた。伝統の迎撃作戦構想、艦隊決戦思想が軍令部には沁み付いていた。「バカは死ななきゃ治らない」。作戦課の人間を入れ代えない限り事態の動く見込みはなかった。