「真珠湾攻撃」(淵田美津雄・PHP文庫)によると、真珠湾奇襲作戦の作戦計画案の概略が述べられた後、山本五十六大将が次の様に述べた。
「作戦計画の概要は以上のとおりである。南方作戦の完遂を期するには、どうあっても、真珠湾作戦がなくてはならぬのであるが、いわば投機的なところもあって、失敗すると全作戦を台無しにする危険がある。この点に関して、当の作戦部隊である諸官の、忌憚のない意見を聞きたい」。
山本大将はじろりと一座を見渡した。誰も一言も発しなかった。軽々しくは言葉が出ないのだった。しばらくして、第一航空艦隊司令長官・南雲忠一中将が第一航空艦隊甲航空参謀・源田実中佐に声をかけた。南雲中将と源田中佐のやりとりは次の通り。
南雲中将「源田参謀」。
源田中佐「はい」。
南雲中将「貴官は飛行機だけで、この攻撃がやれる考えか」。
源田中佐「はい。敵艦隊が在泊してさえおれば、飛行機だけで充分やれると思います」。
南雲中将「どのくらいの兵力でやるか」。
源田中佐「第一航空艦隊の全航空母艦の搭載兵力があれば、成功すると思います」。
南雲中将「護衛の艦隊は……」。
源田中佐「出撃途上、敵水上艦艇との遭遇にそなえて戦艦に巡洋艦、各二隻程度と警戒用の駆逐艦が少々あればいいと思います」。
南雲中将「攻撃の主目標は……」。
源田中佐「第一に空母、次に戦艦をねらいます」。
南雲中将「未然に敵に企図を察知され、激撃された場合は……」。
一座の視線が、期せずして源田中佐の上に集まった。一番の問題が、それであった。真珠湾まで、マーシャルからでも、二〇〇〇浬(カイリ=三七〇四キロ)余りある。これを往復するには、大型軍艦はともかく、足の短い駆逐艦を連れて行く以上、当然給油戦が必要になる。
足ののろい給油船を引っ張っているところを、逆に米艦隊から攻撃でもかけられたら、ひとたまりもない。それでも果たして勝算があるのか。一座の視線が源田中佐に集まったのも当然であった。
源田中佐「洋上に雌雄を決するほかありません。しかし、その場合、我に圧倒的航空兵力がありますから、洋上での敵艦隊との会敵はさして心配はありません。むしろ思う壺かも知れません。問題は敵の基地航空兵力であると思います。優勢な航空基地を相手としての強襲は相当な犠牲を覚悟せねばならないと思います。したがって企図は、あくまで敵に察知されぬようにすることが肝要であります」。
南雲中将「ふむ。つまり奇襲だな」・
源田中佐「はい……攻撃時期は、夜明け前がいいと思います」。
南雲中将「ふむ。しかし……」。
南雲中将の追及は急だった。
南雲中将「いよいよ事態緊迫を告げ、開戦の危機迫るとなった暁に、アメリカ艦隊がべんべんと真珠湾に碇泊しておるだろうか。また、洋上の諸島嶼の基地からは哨戒機が飛び、おそらく厳重な警戒網が張られるだろう。この警戒網を脱過するということは、ほとんど不可能にも等しい」。
南雲中将は、そこで言葉を切り、軽い興奮さえみせながら続けた。
南雲中将「もし敵の哨戒機の一機または潜水艦一隻にでも発見されるならば、激撃を受けるのは必至であり、作戦挫折せんやも測りがたい。そうなれば累を南方作戦に及ぼすばかりか、爾後の全戦局を破局に導くことは明らかである」。
源田中佐は、それに答えず、沈黙したままだった。すると、南雲中将は、今度は山本大将の顔を見上げ、次のように言った・
「本職は、この作戦は、作戦自体に内蔵する投機的な要素が多すぎると思います」。
山本大将も、なんとも答えなかった。軽く目を閉じ、腕を組んで、耳を傾けているだけだった。
「作戦計画の概要は以上のとおりである。南方作戦の完遂を期するには、どうあっても、真珠湾作戦がなくてはならぬのであるが、いわば投機的なところもあって、失敗すると全作戦を台無しにする危険がある。この点に関して、当の作戦部隊である諸官の、忌憚のない意見を聞きたい」。
山本大将はじろりと一座を見渡した。誰も一言も発しなかった。軽々しくは言葉が出ないのだった。しばらくして、第一航空艦隊司令長官・南雲忠一中将が第一航空艦隊甲航空参謀・源田実中佐に声をかけた。南雲中将と源田中佐のやりとりは次の通り。
南雲中将「源田参謀」。
源田中佐「はい」。
南雲中将「貴官は飛行機だけで、この攻撃がやれる考えか」。
源田中佐「はい。敵艦隊が在泊してさえおれば、飛行機だけで充分やれると思います」。
南雲中将「どのくらいの兵力でやるか」。
源田中佐「第一航空艦隊の全航空母艦の搭載兵力があれば、成功すると思います」。
南雲中将「護衛の艦隊は……」。
源田中佐「出撃途上、敵水上艦艇との遭遇にそなえて戦艦に巡洋艦、各二隻程度と警戒用の駆逐艦が少々あればいいと思います」。
南雲中将「攻撃の主目標は……」。
源田中佐「第一に空母、次に戦艦をねらいます」。
南雲中将「未然に敵に企図を察知され、激撃された場合は……」。
一座の視線が、期せずして源田中佐の上に集まった。一番の問題が、それであった。真珠湾まで、マーシャルからでも、二〇〇〇浬(カイリ=三七〇四キロ)余りある。これを往復するには、大型軍艦はともかく、足の短い駆逐艦を連れて行く以上、当然給油戦が必要になる。
足ののろい給油船を引っ張っているところを、逆に米艦隊から攻撃でもかけられたら、ひとたまりもない。それでも果たして勝算があるのか。一座の視線が源田中佐に集まったのも当然であった。
源田中佐「洋上に雌雄を決するほかありません。しかし、その場合、我に圧倒的航空兵力がありますから、洋上での敵艦隊との会敵はさして心配はありません。むしろ思う壺かも知れません。問題は敵の基地航空兵力であると思います。優勢な航空基地を相手としての強襲は相当な犠牲を覚悟せねばならないと思います。したがって企図は、あくまで敵に察知されぬようにすることが肝要であります」。
南雲中将「ふむ。つまり奇襲だな」・
源田中佐「はい……攻撃時期は、夜明け前がいいと思います」。
南雲中将「ふむ。しかし……」。
南雲中将の追及は急だった。
南雲中将「いよいよ事態緊迫を告げ、開戦の危機迫るとなった暁に、アメリカ艦隊がべんべんと真珠湾に碇泊しておるだろうか。また、洋上の諸島嶼の基地からは哨戒機が飛び、おそらく厳重な警戒網が張られるだろう。この警戒網を脱過するということは、ほとんど不可能にも等しい」。
南雲中将は、そこで言葉を切り、軽い興奮さえみせながら続けた。
南雲中将「もし敵の哨戒機の一機または潜水艦一隻にでも発見されるならば、激撃を受けるのは必至であり、作戦挫折せんやも測りがたい。そうなれば累を南方作戦に及ぼすばかりか、爾後の全戦局を破局に導くことは明らかである」。
源田中佐は、それに答えず、沈黙したままだった。すると、南雲中将は、今度は山本大将の顔を見上げ、次のように言った・
「本職は、この作戦は、作戦自体に内蔵する投機的な要素が多すぎると思います」。
山本大将も、なんとも答えなかった。軽く目を閉じ、腕を組んで、耳を傾けているだけだった。