てすさび日誌

哀しき宮仕えを早期リタイアし、“サンデー毎日”のomorinが生活の一コマや雑感を認めた日誌です(2005/4/20~)

やまない雨はない

2006-07-19 09:17:28 | 健康と医学
 夜通し降った雨も、朝にはひとまず上がった。
 ふと、倉嶋厚著『やまない雨はない』(文藝春秋社)を思い出した。つれあいをガンで失い茫然自失、自殺を試みついに精神科に入院、ようやく回復するまでの嵐の日々を、元NHK気象キャスタ-が率直に綴った手記で、深く感動した。

 倉嶋氏が若き頃、うつ病で苦しんでいた時、父親からの『心配ごとは縦に並べろ』の言葉を処世訓の一つにしている。「お前は心配ごとを横に並べているだけだ。縦に並べてみないか」といって、紙に1本の縦線を引き一番差し迫った問題を一番上に書き、すべての心配事を順々に並べてみせ、「上から順に一つずつ解決しろ」といって不安を取り除いてくれたそうだ。
 
 悪循環の先に著者が見出した心境が、エピローグにある「やまない雨はない」ということだった。心を病むすべての人に送りたい言葉だ。心病むときに「やまない雨はない」と言葉をかけても、心の中で「ほんとかいなぁ~」と言われてしまうかも知れないが…。

 私自身も“心の風邪”が一因で、3年前に会社を早退することになった。病の最中に、救いを求めて関係の書物を次々とあさったが、その中の一冊であるこの著者の言葉に、深い悩みから抜け出した者として大いに共感をおぼえる。

 
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カーナビのストライキ

2006-07-18 09:57:23 | 暮らしと生活
 カーナビのリモコンが、何の前触れもなく、いきなり動かなくなった。フタを開けてみると、アルカリ電池が液モレを起こし、端子が錆びている。もっと早く気付くべきだったと反省しながら、端子を掃除して新しい電池に入れ替えた。
 ところが特定のボタンしか反応せず、不可解な動作を勝手に繰り返すばかり。どうやらこれが引き金となり、ICがいかれたようだ。
 リモコンを分解しかけたが、購入してからかれこれ10年になるので、既に減価償却済みかと一度は諦めた。
 それでもと思い直してSONYのホームページへアクセスしたら、辛うじて取扱説明書のサポートはしているものの、「よくあるQ&A」にも載ってない。購入した代理店やメーカーのサポートセンターへ、これ以上問い合わせる元気もない。
 今のところ使用不能ではない。限られた機能しか使えないだけなので、買い替えはもう少し辛抱しよう。それよりも車(平成元年登録)の買い替えの方が先決だ。
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36年目の再会に逡巡

2006-07-17 11:51:32 | 暮らしと生活
 大学写真部OB会の案内をもらいつつ失念していたところへ、1年後輩の広島県庁マンから、ぜひ出席をとわざわざの声がけがあった。
 彼とさえ昭和63年9月に研修出張で来岡の際、拙宅で一献傾けて以来で、年賀状だけのやりとりに終わっている。指導頂いたホソキ先生の米寿祝いも兼ねており、ここらでみんなと会ってみたい気持ちに駆られるのだが、卒業してから36年の歳月が流れた。
 OBの連中とは年1回発行の会報か年賀状のやりとりだけ。現役生は倅よりも下の歳になる。あまりのご無沙汰に敷居が高い。
 OB会は8月18日なのだが、出席したものかどうか、未だに逡巡している。


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観蓮節

2006-07-16 08:14:26 | 暮らしと生活
 後楽園観蓮節(7月17日付山陽新聞)

 「沢水の すめる心に はちすばの 露おきそふる色ぞ すずしき」池田綱政

 早朝、後楽園の夏の風物詩「観蓮節」をのぞき、夜明けとともに開く蓮の花を観賞した。前回1994年(平成6年)以来、2度目の訪問だった。
 観蓮節は岡山市出身の植物学者・大賀一郎博士から古代蓮の大賀蓮を譲り受けたのを機に、1956年(昭和31年)から開催している。

 園内の延養亭では、尺八や琴の演奏とお茶席。園中央の井田では、世界最古といわれる「大賀蓮」が、また花葉の池では純白の「大名蓮(別名一天四海)」が次々に開花した。園内には他に「毎葉蓮」、「漁山紅蓮」の4種類がある。
 夜明けとともに、蓮の花が少しづつゆっくりと開く神秘的で感動の時間は、観蓮節ならではだった。残念ながら『ポンっ』と音をたてて開く様は確認できなかったが。

 12年前の7月20日。この日は向井千秋さんの乗り組んだスペースシャトル「コロンビア号」を観測するために早起きした。
 午前4時15分ごろ、西の空低く輝く白い点となって現れ、ゆっくりと東の空へ移動した。その間は約3分、見事にコロンビア号の軌跡を捉えることが出来た。この早起きついでに観蓮節にでかけた次第。
 一昔前の熱いひと夏の思い出が、つい昨日のことのように思い出された。

   -生憎、短焦点距離レンズのため、迫力が今一歩です-
   
   大名蓮(別名一天四海)
   
   大賀蓮 
   
   熱心なカメラウーマン 
   
   大名蓮を愛でながらいただいた点心弁当
   
   

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優秀な両隣

2006-07-15 14:35:38 | ビジネスと社会
 わが家の両隣からは各界に逸材を輩出し、現在もご活躍中だ。
 一方は総務省総務審議官を辞職後、2005年(平成15年)4月よりウルグアイ大使を努めている。

 もう一方は、岡山大大学院自然科学科の教授で、このほど免疫工学研究所を設立し、氏が社長を努めることになった。同研究所ではがんやウイルス感染症などの治療用新薬の原料となる抗体の製造技術などを、医薬品メーカーと共同研究を進める。
 ともに甲乙つけ難い傑出した人材で、わが家はもとより町内でも誇りに思う。

 ただ反面、二人の秀才の狭間で育った私には、いわれぬコンプレックスがあり、肩身の狭い思いもしてきた。ともに歳は1~4つ違いなので、幼い頃よく一緒に遊びはしたが、学校の成績には大きな開きがあった。
 遊びといっても小学生にして、家で化学実験をしたり、野に出ては昆虫採集→図鑑で自習……と、私らより一味違っていた。先天的に頭が良い上に、遅くまで勉強していた。遊びほうけて早くから惰眠をむさぼる私など、母親をして「前の(後ろの)○○ちゃんを見てごらん!まだ電灯が点いとるよ!」と叱咤激励されること度々だった。

 わが人生に悔いはないのだが、これをバネにもう少し努力をしておれば、また別の人生もあったかな、と自省もする。

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